世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】サイモン・シン「暗号解読」

今年130冊目読了。BBCでドキュメンタリーを手がけてから数学系の書籍を何冊も出している筆者が、ロゼッタストーンから量子暗号まで、古今東西の暗号と暗号解読の歴史と今後を概観する一冊。


ハードカバー450ページ以上という分厚さにひるんだが、読んでみるととても面白い。理解の難しさはあるものの、とても興味深く読むことができた。


暗号を学ぶことの意義について「暗号作成者と暗号解読者のたえざる戦いは、科学上の大きな進展を引き起こすことになった。暗号作成者は、メッセージを保護してくれる強力な暗号を作ろうと奮闘し、暗号解読者は、その暗号を解読する強力な方法を開発しようとしてきた。そして秘密を暴こうとする側も、秘密を守ろうとする側も、数学、言語学情報理論量子論と、幅広い領域の学問やテクノロジーを利用してきた」と述べているところは非常に納得できる。


そして、暗号というものの特性について「暗号システムが安全であるためには、鍵の秘密が守られなければならない。それに加えて、鍵の候補が多くなければならない」「暗号解読法が生まれるためには、数学、統計学言語学など、いくつかの学問領域が高度に発達していなければならない。ムスリム文明は、暗号解読法にとって理想的な揺籃だった」「頻度分析は論理的思考を必要とするが、それだけではなく、ズルをしたり、直感に頼ったり、融通をきかせたり、当て推量をしたりする必要もある」「コードは単語またはフレーズのレベルで行われる置き換え、サイファーは文字のレベルで行われる置き換え」「反復はパターンにつながり、暗号解読者はパターンを手掛かりにして暗号を破る」「暗号に関する秘密を公開することが許されるのは、秘密にしてもこれ以上利益がないことが明らかになった後に、ただ歴史的正確さを期すためでしかない」などと指摘。正直、スパイ小説なんかよりもよほど面白い。


人間の心理にも斬り込み「暗号を使う人たちはしばしばそれを過信して、敵が捏造分を挿入する可能性などは考えもしない。強力な暗号は発信者と受信者の役に立つが、弱い暗号は偽りの安心感をもたらす」「恐怖は暗号解読の主たる駆動力であり、逆境こそはそれを支える基盤」などは、なるほど非常に興味深い。


では、無敵の暗号というものはあるのだろうか。「ワンタイム・パッド暗号の安全性は、ひとえに鍵がランダムだという点にかかっている。解読不能な暗号システムであるワンタイム・パッド暗号はほとんど使用されたことがない。第一に、ランダムなカギを膨大に作らなければならないという現実的な問題、第二にランダムなカギを配送するという障害があるため」。しかし、第二次大戦後「暗号作成者と暗号解読者の戦いにおいては、コンピューターが決定的に重要な役割を果たすことになった」中で、素数を掛け合わせるRSA公開鍵暗号が使われるにいたった。これは「素因数分解はとてつもない時間がかかる作業」であることによる。
しかし、さらに未来になれば「量子コンピューターが実現すれば、現代のあらゆる暗号が葬り去られる。暗号の進歩はそこで止まり、プライバシーの探求劇も、そこで幕となる」と予測。凄いことを考える人たちがいるものだ…だが、実際には「一般大衆や起業は情報化時代の恩恵を最大限に受けられるようにしつつ、犯罪者が暗号を悪用して警察の手を逃れないようにするための方法を見つけなければならない」「法執行当局は、強力な暗号が使用されれば犯罪者を逮捕できなくなると論じるのに対し、市民的自由の活動家たちは、プライバシーを守ることのほうがもっと大切だと反論する」という状況があり、技術と倫理というのは暗号においても衝突するんだな、と痛感させられる。


歴史の中で「ポーランドエニグマ暗号を解読てきたのは、恐怖、数学、そしてスパイ行為の3つの要素のおかげ」「ナヴァホ暗号が難攻不落だったのは、ナヴァホ語がアジアやヨーロッパのどこの言語ともつながりを持たないため」などはとても面白く、「第一次大戦は化学者の戦争(マスタードガスが使用された)、第二次大戦は物理学者の戦争(原爆が使用された)。第三次大戦が起こるとすれば、数学者の戦争(情報戦となる)」という予測には空恐ろしくなる。


それにしても、本当に示唆に満ちた本だ。「オリジナルな研究をやるというのは、愚か者になること。コケてもコケても大喜びできるくらいバカでなければ、動機だってもてやしないし、やり遂げるエネルギーも湧かない。神は愚か者に報いたまう」は、留意したいところ。