世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】木村裕主「ムッソリーニ」

今年102冊目読了。東京外大教授、外務省専門調査員、在イタリア日本大使館広報文化担当官などを歴任した筆者が、ムッソリーニの生涯を通じてファシズムの何たるかを掘り起こす一冊。

後発のナチズムのほうが圧倒的な迫力でヨーロッパを席巻し、嵐に巻き込んだためにそちらの研究のほうが日本でも活発である。しかし、独裁という点においては、ムッソリーニのほうが先輩であり、かつ20年以上もその体制を続けた、というすさまじさ。その歴史を紐解くことは、非常に意義がある。どうしても、後知恵で「ナチスドイツ、ヒトラーに追従した独裁者」という感じに捉えられがちだが、決してそうではないことがよくわかる。

筆者の丁寧な積み上げも、好感が持てる。それによって「イタリアには近代化の主役である石炭と鉄が乏しく、ハンデを背負っていた」状況から「イタリア、日本、ドイツという後発資本主義国が、イギリス、フランス、アメリカという先発資本主義国と鋭く対立していくようになる」過程を読み解いていく。
ムッソリーニの野望がどちらに向いていたのか、ということはヒトラーの「レーベンスラウム(生活圏。ドイツにおいては東欧の土地と資源)」があまりにも有名すぎて霞んでいるが、「マーレ=ノストロ(我々の海。地中海のこと)」によるローマ帝国栄光の復活、とみるとなるほどその軍事行動が理解できる。しかし、ムッソリーニの野望にイタリア人がみんな熱狂していたわけではない、という事実もまた面白い。「個を国家の中に包み込むファシズム」は、「もともと自分の人生をいとおしみ、個性的で団体行動の大嫌いなイタリア人」とは相性が悪いと言われれば、そりゃそうだ。しかし、それを押し切って20年以上独裁を振るった、という点においては、やはりムッソリーニには(良し悪しは別として)力があったのだろう。

何にせよ、「ファシズムというのはあくまで政治の手法、方法であり、哲学や理論はあとから都合よく構築した」ものであり、「無関心であるところにナチ=ファシズムが浸透してくることはかつての日本の軍国主義が実証している」という主張は全く同感。歴史の厚みを学べる良書だ。