世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】アレックス・カー「ニッポン巡礼」

今年112冊目読了。アメリカ出身の東洋文化研究家、著述家の筆者が、日本の知られざる名所を来訪して、気づいたことをまとめた一冊。


日本人にとっては平凡であっても、それこそが意味がある、というのはやはり大事な視点なんだろうな。そして、特にそれが失われつつあるが故に…


筆者は、日本の特徴として「日本はよく『木の文化』と称されるが、実は『石の文化』でもある。殊に古代神道における石への崇拝は根強く、神社を訪れることは石との出会い、といっても過言ではない」「日本の庭園や生け花など、木々草花を扱う伝統芸術は、『自然そのもの』でなく、人間の手により意図的に創作された『人為的なもの』を併せ持ち、そのバランスにも長けている」ということを挙げる。
面白いのは「日本人は古より『巡礼』が大好きだった。巡礼は世界中にあるが、そのコースが日本ほど多様化され、かつ現在も活発な国は他にない。動機は二つが推測される。まず、神仏の霊力に触れること。それに加え、参拝がてら観光を楽しむ目的もある。日本は、はるか昔から社寺によって観光立国化されていた」という視点。確かにそのとおりだ。


日本の観光の残念さは「日本では『便利さ』が優先され、観光名所には駐車場、展望台、土産物店、レストランなどが直結していないといけない。一方、ストーンヘンジは駐車場をはじめとする観光施設を、かなり離れたところにつくった。観光客は車をそこに停めて入場チケットを購入し、整理券の番号順に並ばされる。そこからゴルフカートのような乗り物に乗って、あるいはゆっくりと田園風景を楽しみたい人たちは徒歩で、ストーンヘンジへと移動する」「ひょっとしたら今の観光客には、便利な場所にバスが停まり、決められた展望ポイントから楽に写真が撮れて、時間をあまりかけず見て回れるコースの方が、ありがたいのかもしれない」という記述に現れている。
また、日本の国土計画自体も「残念なことだが、日本の山は本州に限らず、九州、四国まで、スギ・ヒノキの人工林に覆い尽くされている。その結果、山は暗く鬱蒼としたものになり、本来の美しさが損なわれてしまった」「日本の山奥や離島には、まだまだ美しい自然や素朴な村の景色など、巡礼に値する『聖地』が残っている。しかし、それらの多くは脆く、儚いもので、分別のない公共工事や、景観に無関心な住民、地方行政によって、いつ崩されてもおかしくない」と問題点を指摘。さらに「大型クルーズ船は観光促進であり、一見、地元にとっておいしい事業にも思える。しかし、一度に数千人もの旅客を乗せたクルーズ船の寄港は、小さな集落にとっては地域の破壊につながるケースが多い。港に降り立った観光客は、地元の商店ではなく、クルーズ会社や中国系の資本が経営するショッピングセンターで買い物をする。食事と宿泊は船上なので、利益は外部に流れて地元には残らない。一方で、島の景観や自然環境は壊滅的な打撃を受ける」というのは知っておくべきことなんだろうな。


筆者が述べる「激しい過疎化で悩ましい集落に可能性を感じる。なぜなら美しい景観が残され、俗世間からかけ離れた集落は、『観光立国』が叫ばれる今の時代に適しているから」「読者には『日本にこんな美しい場所がある』と知っていただくだけで十分で、ここに挙げた場所へは行かれなくてもいいと思っている。その代わり、みなさんの住む町の周辺で、すばらしいものを探そう」は、なかなか深い。こういう価値観を持てるという域に達したいと感じるが、ついつい著名な観光地に行きたくなってしまう俗物としては、手の届かない世界かな…


観光に携わる端くれとしては「その地域を訪れた人の心に残るように案内するためには、名所巡りだけでは不十分で、土地に対する豊富な情報に加え、知的な工夫も必要」が強く心に残った。