世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】岸見一郎「人生は苦である、でも死んではいけない」

今年113冊目読了。奈良女子大学文学部非常勤講師で、アドラー心理学研究の第一人者である筆者が、人生について掘り下げて論考する一冊。


もともと筆者の主張はけっこう好みに合っているのだが、筆者自身の経緯を織り交ぜて書かれた本書は新書ながら迫力がある。


筆者は、人生への向き合い方として「人生は苦しい。だからといって、どうすることもできないと絶望することも、また怒りをぶつけることも、あきらめることも必要ではない。あるいは、人間を超えた力に救いを求めることもない。ありのままに受け入れる。その上で、その世界に働きかけていかねばならない」「成功した時ではなく、挫折した時にこそ学ぶことができる」「困難な状況を受け入れた時、それはその人の選択となる」ということを提唱する。


その基礎にあるのは「今がたとえどんなものであっても、それに善悪という価値判断をしてはならない。生きることは苦である。だがそれでも、生きる苦しみをただ苦しみとだけ受け止めて、それを善いとか悪いとかいう判断はしないということである」「生きていることがそのままで他者にとっての喜びであり、生きていることだけで他者に貢献している。だとすれば、病気になったからといって自分にはもはや価値がないとは思わなくてもよいはずだ」という考え方である。
「本来的な生き方とは、今ここを生きることだ。それと比べれば、これから先の人生に何事も起こらないかのように人生設計をし、生きる意味などこれっぽっちも考えず、人と同じように生きることに満足するような人生は非本来的な偽りの人生だ」という主張は、U理論とも一脈通じるところがある。


アラフィフのオッサンにとっては「老いるから知慧が増えないのではなく、学ぶことを怠ると老いるのだ」「歳を重ねてからの学びは、競争や評価から自由になるだけではない。若い頃からの知識や経験が蓄積されている。老いると知力が衰えるという人は多い。しかし、実際にはそう思い込んでいるだけのほうが多いように思う。真剣に学べば、大概のことは身につくはず」の言及は勇気に繋がる。


幸福の定義も「幸福は成功とは違って『存在』に関わる。幸福とは『なる』ようなものではない」「働くこと自体が目的ではなく、幸福であるために働くのである。とすれば、働いているのに幸福でないというのはおかしい。人生には幸福を犠牲にしてまで遂げなければならないことなどないのだから」と、なるほど納得できる。
さらに、コスパ・タイパと呼ばれる現代ではあるが(いや、だからこそ?)「効率的に生きることに意味はない。人はみな最後は死ぬのだから、これでは結局、無駄なことはしないで早く死ねばいいことになってしまう」「生産性にこそ価値があるという考えから自由になることができなければ、本当に自分に価値があると思うことは難しい。人間の価値は生きることにある。その生きることが誰からも奪われていいはずはない」の指摘は本当にそうだと思う。


ちょうど今春に父を亡くしているので、死に関する「死は自分でコントロールできないから怖い」「死んだ人がいなくなったからといって、世界がなくなるわけではない。他方、自分の死は無になるということである。私の死は他者にとっては不在だが、私にとっては私自身がなくなることであり、私が生きていた世界もなくなる」「生きている間は死は私にとって存在しない。死んだ時は私は存在しない。だから、死はおそろしいことではない」「死は生きることと同様、変化であり、善いとか悪いとかの価値判断などしなくてもいい」「今が満たされていれば、これからのことを考えないで、今日という日を今日という日のためだけに生きることができる。いつか死ぬ日がくるも、死ぬことばかり思い煩って生きることはない」のあたりの言及は心に響く。


他者比較について「人から認められようなどと、そもそも思わなくていい。ありのままの自分であればいい」「自分の価値とは、本来、自分で認められるはずのもの。それを他者に認められようとするのが、そもそもおかしい」は、まさにそのとおり。だが、そう生きるのはなかなか難しい…「人生に絶望しないためには、一つは成功を人生の目標としないこと、さらにもう一つは、人生を過去・現在・未来という直線として見るのではなく、『今ここ』を生きたいということ。過去も未来も手放さなければならない」も、言うは易く行うは難し。


生きることと他者との関係についての「生きること、それそのものが人生の課題。具体的にいえば、他者と共生すること、他者とのつながりの中で生きていくこと」「勇気というのは、特別であることをやめること、他者についての見方を変える勇気を持つこと」「他者は仲間であり、人と人とは結びついていると思えるためには意識的な決断が必要。そしてそのためには、そもそも敵と仲間に分けないことが前提」「誰の前でもよく思われようとし、そのために特別であろうとしてきた人にとって、自分をありのままに受け入れる人こそが真の仲間。このような他者との出会いによって、特別でなくともありのままの自分でいいことを知ることが、苦しい人生の中で生きる喜びを見出すための突破口になる」「自力でできることは自分でするが、自力でできないことてあれば、他者に援助を求めてもいい」の言及は重い。


新書とは思えないほどの重量感ある中身だが、一読の価値は大いにあると感じた。