世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】髙木一史「拝啓 人事部長殿」

今年17冊目読了。トヨタ自動車の人事部を経験が、サイボウズに転職した筆者が、人事制度の問題点やその背景、今後の展望について考察した一冊。


ひたすら、筆者の観察力と頭の良さに圧倒される。人事というものをここまで深く突き詰めたということが凄すぎる。  


筆者は「そもそも、ぼくはトヨタのことが嫌いになって辞めたわけではありません。ぼくは、日本企業で働く人が抱える閉塞感を打ち壊したくて、一度トヨタを辞める、という選択をしました」と宣言をしたうえで、トヨタ時代について「希望していない部署への異動はある種の無力感がありました。自分の人生を自分で決められない一抹の寂しさを感じました」「会社にすべてを捧げることがよしとされ、会社や上司の命令には絶対に逆らえない、という空気感は、おおむねどの職場にも共通しているように思いました」「欲しい情報を得るために最も効果的な方法は、部の飲み会や社内のイベントに出る、あるは残業して、長く会社に残っている先輩たちと直接話すことでした。それでは、時短で帰る人や飲み会が苦手な人、あるいはオフィスに出社しない人たちとの間に情報格差が生まれることになります」と、その問題点を指摘。
閉塞感については「①一人の人間として重視されている感覚の薄さ②一人ではなにも変えられない、という無力感」と分析している。これは、伝統的企業ではどこでもある話と感じる。


サイボウズでは「プライバシーとインサイダー、第三者に権利が帰属する情報を除く、ほぼすべてのコミュニケーションが公開されています」「テクノロジーの力を使ってここまで情報が開示されていることは、なにもかもが新鮮に感じました」と、その違いを記載したうえで、人事がつくる会社のしくみを「採用・契約・時間・場所・配置/異動・報酬/評価・健康(安全配慮)・コミュニケーション/風土・育成・退職」の要素に分解する。本当に頭の良さを感じる。


なぜ、日本企業はこうなってしまったのか、筆者は「戦中の総力戦体制が生んだ、ブルーカラーとホワイトカラーの連帯」から「『会社の平等』の下地ができた状態で、1945年に戦争が終わります」「『会社の平等』を重んじることこそが、社員の幸せを実現する手段そのものだった時代があった。そして、その思想を体現するような企業別労働組合の存在や、その裏返しとして、企業横断的な基準やルールが発達していないという日本社会の構造によって、その意識が今日まで続いている」と、その経緯を読み解く。
さらに「日本企業のしくみは『モチベーション』『雇用』『育成』という3つの点において大きなメリットを持っており、これこそが日本企業が持つ競争力の源泉」「『無限の忠誠』と引き替えに『終身の保障』を手にすることができる。ぼくが当たり前だと思っていた『契約』と『報酬/評価』のしくみは、日本企業が持つ、モチベーションを醸成するしくみ」「『閉塞感の原因だ』と言っていた日本の会社のあらゆるしくみは、『社員の幸せ』と『会社の理想実現』を両立する手段そのもの」という考察には舌を巻く。凄い深さだ…


しかし、その日本のしくみが社会問題として「『経営の圧迫』『企業封鎖性』『ワークライフバランスの欠如』」を生んだ。「会社の変革が難しいのは、日本全体が『会社に依存した社会』になってしまっているから」「『失われた30年』とも言われているが、ある意味、個人は会社に頼り切り、会社はあたかも個人を自分の所有物のように扱い、相互依存的な関係に陥って、長引く不況から抜け出すことができませんでした」というひずみを生んでしまっている、というのも頷ける。


人事的チャレンジをしている12社へのヒアリングも興味深い。「社外での経験や学びが個人としての成長にもつながり、その知見を社内に還元してもらうことで企業としての成長機会になればと考えている」「1人ひとりがいきいきと働き、より豊かに生きるためにはなにが必要なのかと考える。そのうえで理由を問わず、働く場所や時間を自由に選べるようにしました」「やってみないとわからないし、やる前からやったことがないことを不安に思うだけ時間とエネルギーの無駄。まずはやってみよう」「あくまで本人の希望を前提として、多様な働き方に柔軟に対応し、自身のキャリアを考え、学ぶことの出来る時間を設ける。そうやって個人の力を伸ばしていくことが、ひいては当社の力になる」などは、まさに常識が揺らいでいることを痛感する。
現場主義での取材を受けた考察がまた鋭い。「戦後から経済成長期にかけては、誰もが幸せに感じる理想に置いていかれないように、社員をできるだけ一律平等に処遇することこそが『1人の人間として重視されている感覚』を生み出していました。しかし時が流れ、1人ひとりが目指す幸せの形が違ってきているなかで、個人が持つさまざまな理想を安心して表明できること、またそれを認めてくれることを欲するようになってきている、そんな価値観の変化がある」「モチベーションは『出世』から『+人それぞれ』へ。雇用は、『主従』から『+インクルージョン』へ。」というまとめは圧巻過ぎる…


問題の根源として「社会はとっくに『インターネット的』になっているのに、会社はほとんどなっていない。これが、ぼくが日本の会社員感じている最も大きな違和感です」としつつ、課題は「①選択肢や情報が多すぎて、路頭に迷う社員②多様性って、やっぱりちょっと『めんどくさい』③情報の『ジャスト・イン・タイム』を目指して」などがあると述べる。


筆者が最後に述べる「会社とは人を幸せにするために存在している」「人事の仕事は、社員が幸せに、いきいきと働ける環境を作ることだ」は、それでも希望の光となる。本当に考えさせられる一冊だ…