世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】西山圭太「DXの思考法」

今年1冊目読了。東京大学未来ビジョン研究センター客員教授の筆者が、日本経済復活への最強戦略を提言する一冊。


今がどういう時代なのか、ということについては「我々人類は、感情は石器時代から変わらぬまま、制度・ガバナンスは中世から変わらぬままに、技術だけは神レベルのものを手にして21世紀を迎えてしまった」「『基本的な事がわからないと何もわからない』、それこそが我々が決定的な変化の時代を生きていることの証左だ。と同時に、裏側にあるものは『基本的な事さえわかれば何でもできる』である」「IX時代には、様々な企業があり、様々な個人がいて、それらがつながりあうと、その関係性のなかに産業や市場ができあがる、という感覚が必要なのである」と指摘する。


日本のデジタル敗戦については「高度成長期を支えた発想、つまり『工場内ではヨコ割り、事業部門間・企業間ではタテ割りで経験を積み、熟練を磨きこむことが強い』『業種というタテ割りの中で戦う/政策を考えると勝てる』という、我が国官民に共通のふたつの発想を打ち砕いたのだが、デジタル化である」と分析する。
そのうえで、今日本がデジタル化について取り組むべきは「敗戦で焦土と化した日本が復興したのは、徹底的に先進国がやっていることを分析して学ぶという努力があったからこそである。当時はその対象は機械やモノであった。デジタル敗戦を経たいまの日本が取り組まなければならないのは、サイバー空間のリバースエンジニアリングである」「サイバー・フィジカル融合が完全にフィジカルを消し去ることはない。そしてサイバーとフィジカルの間を人間が行き来するしかない。そこに日本記号の強みが活かされるだろう」「DX力は垣根を越えてパターンを見いだす能力のこと。サイバーとフィジカルを行き来することで強みを発揮するのが、日本の企業人が目指す道だとするなら、その力こそ最も身につけなければならないロジックであり、スキルだ」と断言する。


デジタル化の本質については「『単純な仕掛けをつくると、眼の前にないものも含めて何でもできてしまうかもしれない』という一般化・抽象化の思想が、デジタル化の根底に常にある」「デジタル化の時代に不可欠なのは『まずは抽象化してみて、それから具体化する』、つまり感覚的に言えば『上がってからはじめて下がる』という発想」「デジタルには①ゼロイチ処理を人の課題に近づける、というサプライヤ軸②それに人がどう関わるのか、というユーザー軸 の2つがある」と分析。
そのうえで「IXの道は経営とシステムとの間を双方向に踏破することだ。その道が、まるで突然英語を話すことができるようになったような感じで、双方向に『つながった』のが現代であり、それがデジタル化の現在地だ」「デジタル化で大事なのは、オンラインとオフラインの接点を通じた全体を、顧客の経験(UX)、顧客から見れば一つの物語、ジャーニーとして統合的に捉え、その全体を世界観として提示することだ」ということを提唱する。


現在、何が起こっているか、については「レイヤー構造になると、電子機器としてのコンピュータのわかる言葉と人間のわかる言葉との間にあるギャップを埋めることができる」「『混沌』と『固い秩序』との間に『柔らかい秩序』があり、それができるとイノベーションにつながりやすい」「デジタル全面化時代の選択と集中とは、デジタル化の本棚を見渡した上で、既にあるものは他社に頼り、そこにはない本を探して、その実現に資源を集中することになるはずだ」「ある時期には開発され新しかったもの、カスタマイズしなければ利用できなかったものが、必ずいずれプロダクトになって、誰でも入手可能になる。それを見誤ると競争に敗れる」と述べる。
技術革新が何をもたらしたか、については「自らの行動を言葉で分析・説明するときの解像度には限界があった。しかしそれを画像認識に置き換えてAIで分析すると、これまで解らなかったことがパターン化できる。そうなると、人間の行動にアプローチできるようになるのだ」「第四次産業革命の到達点は、人工物、システムが生命体のようになること」と読み解く。


では、IX時代をどのように生きていけばよいのか。「IX時代に必要な発想を身につけているかの問いは①課題から考える 解決策に囚われない②抽象化する 具体に囚われない③パターンを探す ルールや分野に囚われない」は、全く意識していなかった世界だ…


最後の締めの言葉「今の時代に我々が取り組もうとしているのは、おそらく探求を通じた深化なのである」が重く響く、非常に深い中身の本だ。個人的には「リーダーや上司がきちんとコンテクストを説明し、それが組織に浸透していれば、いちいち上司が個別に承認する必要などない」の部分も気になるが、それがとてつもなく小さく見えるほど、話は壮大だ。


IGPIグループ会長の冨山和彦氏の解説も秀逸。「デジタル化が今日の人類社会に対して持っている最も重要なインパクトは、それが産業構造全体を大きく変容させる力を持っていること、すなわちインダストリアル・トランスフォーメーション(Industrial Transformation=IX)にこそあるということだ。実存としての個人、企業にとってDX自体は大した問題ではない。IXこそが問題なのである」「人に本質的な何かを伝える時、抽象性・普遍性と具体性・リアリティを両立させることは容易ではない」「イノベーションは新結合によって社会的に大きな変革をもたらす。だからこそ、新事業の『開発』や新製品の『発明』というよりも『探索』という言葉がぴったりくる。新結合力は『パクリの掛け算力』」は、感嘆するしかない。


正直、壮大な世界観が展開されるので、これは何度も読みながら、だんだん体感として理解するしかなさそうだ。今後を生きる上で、非常に大事な洞察が描き出されている秀逸な本だ。