世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】堺屋太一「鬼と人と(上下)」

今年160・161冊目読了。通産省の官僚から作家に転じた筆者が、信長の視点と光秀の視点から同じ事象を描く事で、織田信長という人物に迫る本。


これは、その着想と、実際の展開がとても興味深い。実際の社会でも、上司と部下の認識のズレは「あるある」なのだが、こらはそれを絶妙な形で浮き彫りにしている。


人の行動特性として「今日は平身低頭している奴等が、明日には反逆を謀む。そんなことは、ありふれたこと」「敗れた旧主を悪くいうのも、民百姓の常」「間違えている奴には教え諭せば足りる。知恵さえあれば、いずれは間違いに気付くはずだ。しかし、善意で異なる道を説く者だけは直しようがない」「人はみな、豊かになり物事を知れば、道理に叶う生き方をするものだ。そしてそれが大名を豊かにし戦に強くなる道でもある」「声高に叫ぶ自慢や手柄話は子供っぽくて可笑しみもあるが、苦労や功績を内緒にささやき合うのは不満の表れだ」「世の常の人は現実の変化を頭で知っても心で納得するのには暇がかかるものらしい」「百姓は強き者を畏れ従うが、戦い敗れて弱くなった者には限りなく惨酷なものだ」「この世に摩訶不思議はあり得ない。ただ人間だけは摩訶不思議なものよ」というあたりが非常に興味深い。


自己の確立、人を動かすということについては「他人に頼ることは、他人に支配されること」「人を選ぶ上で大切なのは、目的を達するのに役立つか害になるかであって、善意か悪意かではない」「優れた者を優れた者として使うには、それ相応の仕組みがいる。新しい仕組みを造る苦しみを避けて優れた人材を得ようとするのは笑止千万、棚から牡丹餅が落ちてくるのを待つよりも厚かましい」「競合いのないところには、とかく淀みができ無駄が生じ、挙句の果てにはその場その組の者だけの心地よさを貪るようになってしまう」あたりが学びになる。


リーダーシップについては「誰が考え出したにしろ、よい方法を真似るのに躊躇うことはない。真似るのは恥ではない。良し悪しも考えずに、根本を知らずに、形ばかりを真似るのが危険なのよ。」「二つの策を併せ用いるなどもってのほか、勢力が分散して目的を見失うばかりだ。すべては大将たる俺の責任、俺一人で決断するしかないのだ」「他人の思うようなことはするな、一度当たった策を繰り返すな。これまでにないやり様を一度は考えてみよ、これを怠っては人は育たず世は進まぬ」「本当の大将とは苦労の多いものよ」など、信長らしい指摘を語らせている。


光秀の、本能寺の変大義については「私の蜂起は、何よりも天下のため、万人のため、恐ろしい鬼からこの世を救うためだ」「私が信長様を弑いようと決心した何よりの理由は、乱れから世を救うためだ。衆は分に応じて務め、民は定めに従って生きる古き良き時代に返すためだ。そんな見込みをもっての済民救世の乱なれば、私の行いは天人共に許すはずだ」と語らせ、失敗については「今にして思えば、信長様を討ち取るのに全神経を集中していた私は、その後を考える余裕を失っていたのだ」と語らせる。これは案外、真実に近いように感じる。


「信長は『小さな短気』と『大きな根気』の持主」「信長は『歴史上の人物』としては非常に魅力的だが、日常の生活では身近にいて欲しくない人物」という指摘も、多分そうなんだろうな、と思う。


筆者が最後に述べる「絶対王政の合理性を追求した創造的な天才と、過去の経緯にも世の評判にも従順だった常識的な秀才との葛藤に迫る試みとしてお読みいただければ」という狙いはまさに果たされている。複眼的な視座を考えるという意味でも、今なお生き生きとその価値を伝える本だ。ぜひ、一読をお薦めしたい。