世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

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【読了】本郷和人「承久の乱」

今年19冊目読了。東京大学史料編纂所教授の筆者が、鎌倉幕府初期の実態と承久の乱の背景、その後について一気に掘り起こす本。


ちょうど「鎌倉殿の13人」が大河ドラマで放映されているので読んでみたので、興味深く読み進めることができた。特に、この時代は教科書ではさらりと通り過ぎるだけなので、こういった深い知識が歴史の面白さ、恐ろしさを味わえる前提となる。


そもそも、承久の乱は単なる戦いではなく「承久の乱こそ、日本史最大の転換点のひとつ。ヤマト王朝以来、朝廷を中心として展開してきた日本の政治を、この乱以後、明治維新に至るまで、実に約六百五十年にわたって、武士が司ることになった」「承久の乱の幕府の勝因は、組織原理の差。中央の権威から、在地領主、すなわち現場に根ざした力と組織への歴史的パワーシフトだった」とその意義を明示する。


源平の戦いについては「源氏対平家という部門同士の戦いではなく、在地領主対朝廷政権の戦い」、鎌倉幕府については「保障人・頼朝と主従契約を結んだ仲間たちが、東国に築き上げた安全保障体制」と、その前提を『教科書ベース』から大きく転換して定義。
この時代の実態について「中世武士の自力救済とは、生きるためには他人の命を奪うことなどなんとも思わないという荒々しい感覚に基づくもの」「この時代、土地こそが経済の中心なので、土地の主導権を握った者が権力をも手にする」「院政は、理念がまったくない。一つだけあるとすれば、自分が贅沢をしたい。それだけ」と鋭く指摘する。


そして、なぜ源氏ではなく北条氏が権力を握ったのか。「『吾妻鏡』は基本的には北条氏支配を正当化するための歴史書」「梶原氏、比企氏を謀略によって滅ぼすことで、北条時政は幕府の主導権を握った」「十三人の合議制は、将軍への権力集中を食い止め、『御家人による御家人のための政治』を実現しよう、という点で、有力御家人たちの利害が一致した」という点を指摘する。
そして、実際には北条の世になる前に数々の障害があったのだが「源氏一門と比企氏の嫡子で、時の権力者、北条時政からも後継者とみなされている平賀朝雅はまさしくプリンス的存在。しかし、『畠山重忠の乱』(実態は時政が仕掛けた謀略)が、結果的に時政と平賀朝雅にとっめ命取りになる。それは、畠山重忠が『鎌倉武士の鑑』『理想の勇者』として絶大な人気を誇る武士だったから」「鎌倉を舞台に、時政に従い、血なまぐさい政争に明け暮れながら、最後は父すら追い落とした北条義時。血で血を洗うサバイバルの最終勝者となった義時こそ、知謀と武力、すなわち実力で勝ち上がった『鎌倉の王』と、東国武士の誰もが認めたはず」というドロドロの背景をつまびらかにする。


承久の乱の背景については「承久の乱以前、幕府は常に朝廷とは(警戒しながらも)協調路線を取ってきた」のだが「後鳥羽上皇は、歌人として超一流で、当代きっての音楽家。さらに武人としてもその名が轟いていた」「後鳥羽上皇には、義時ら東国政権には真似のできない武器があった。武士たちにとって、官位は大きな魅力だった」と、後鳥羽上皇の実力と認識があったとする。
そして、後鳥羽上皇源実朝を右大臣に任じ「鎌倉武士のトップを自分の考える秩序の中に完全に囲い込んだ」つもりが、「実朝は、高い官位を受けることで、東国の御家人たちとのギャップを生み出してしまった」。結果、実朝は暗殺され、「後鳥羽上皇は自分の考えるあるべき秩序の回復のために、軍事力を行使することを決意した」。これに対し「後鳥羽上皇の命令は、武士政権の否定である。そう考えた東国の武士たちは生き残りをかけた戦いに向かう」。


結果「戦いを仕掛けた側であるにもかかわらず、官軍にはほとんど戦略らしきものが感じられない」ことにより、官軍大敗で決着した。これは「後鳥羽上皇の誤算は、武士たちを『上から』しか見られなかったこと」「東西の動員力の差は『人』の論理と『地位』の論理の差」によると分析。
戦後処理により「朝廷はそれまでの権威による支配が不可能になり、裁判などのサービスを提供するようになる。そして幕府は自力救済オンリーの『万人の万人に対する闘争』状態を脱し、法による統治と、民を慈しむ『撫民』を志向するようになる」と、世の中の転換があったと主張する。


戦自体があっさり決着したので、地味な印象のある承久の乱だが、その背景はとても興味深い。そして、「日本社会では、最高権力者は、役職や立場ではなく、周囲が『この人がトップだ』と思うことで決まる。『地位より人』」「権力を支えるうえで最も強力な要素は、不服従に対してペナルティを科す力、すなわち武力」という点も、承久の乱の背景として挙がるだろう。


歴史の深掘りの面白さを感じさせてくれる一冊。とても楽しく読めた。