世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】安川新一郎「ブレイン・ワークアウト」

今年21冊目読了。グレートジャーニー合同会社代表、東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員の筆者が、人工知能と共存するための人間知性の鍛え方を提言する一冊。


安定的に良書を薦めてくれる畏友の推薦図書だったのだが、これがまぁ想像以上!!今年最高の一冊かもしれんぞ。


まず、知能と知性の違いについて「『知能』とは、明白な答えがある問いに対して、素早く適切な答えを導く能力。『知性』とは、明確な答えがない問いに対して、その答えを導く能力」「意識や知能/知性が、身体の生命活動から来るという点が、Human IntelligenceとArtificial Intelligenceの最大の違い」という整理はわかりやすい。


脳の働きの仕組みは3つあるとし、「①生命/身体に関する仕組み。現生人類の脳を含むハードウェアとしての身体は、狩猟採集民族の頃から数万年変化しておらず、恒常性や周期性の性質由来の知能を持っており、それらが様々な情動や感情を引き起こす」「②脳に関する仕組み。脳の知覚、着想、思考という活動は、脳神経細胞が活性化し、シナプスにおいて複雑に繋がることで起き、ソフトウェアとしての脳はアップグレードもダウングレードもする」「③記憶と思考に関する仕組み。人間は本能的情動に仕える『古い脳』と、短期記憶と長期記憶の転送と想起によって深い思考を可能にする『新しい脳』を持っている」は、脳科学周りの本を読んでいると納得できる。


Human Intelligenceは6つのモードを持つに至ったと主張。「①運動モード:狩猟民族だった私達の動物としての知能。②睡眠モード:地球上の多くの生物が持つバイオリズム。③瞑想モード④対話モード:認知革命と精神革命による『知性』の誕生。⑤読書モード:印刷革命による知性の拡張。⑥デジタルモード:知的生産に向けたインプットとアウトプットの飛躍的効率化」という整理は、目から鱗だ。


鍛えるためのメニューとしては以下があり、特長もそれぞれに異なるとする。
運動モード:「メニュー①:全ては低強度の運動を週3回やることで解決する。メニュー②:距離移動と非日常空間で脳の働きは活発に学習する」「人間の脳は外に出て移動し、時に運動し、様々な刺激に出会う時に、最も活性化する」
睡眠モード:「メニュー③:深い睡眠で記憶を固定化し、浅い睡眠で感情を整理する。メニュー④:睡眠を徹底してパーソナルかする。メニュー⑤:夢を意識して自分の心の中の本当のメッセージに気づく」「夢の機能は、危機のシミュレーション、創造性の発揮、自己の感情への気づき」
瞑想モード:「メニュー⑥:観察による『今、ここ』への意識の集中と自己との対話。メニュー⑦:瞑想と家事でDMNを落ち着かせひらめきを得る。メニュー⑧:自己と世界との一致。自我(エゴ)から自己(セルフ)へ」「徹底的に、自分と世界の境界をなくし、世界の現実と向き合う行為、それが坐禅による瞑想」
対話モード:「メニュー⑨:人々の意識を変えていく『声の力』を再認識する。メニュー⑩:『対話』を理解し、『聞く』と『聴く』を正しく使い分ける。メニュー⑪:同じ目線で傾聴し、目的なく語り合う時間を作る」「対話は議論と違って、一人の人が話していることを他の人が傾聴することが本質」
読書モード:「メニュー⑫:興味のあるテーマを決めて、積読から始める。メニュー⑬:同テーマの複数の本を、同時に読む。メニュー⑭:紙の本に『徹底的に書き込む』ことで著者と対話する。メニュー⑮:著者と格闘し、脳細胞を鍛え、独自の思考様式を手に入れる」「読書モードとは、文字情報を短期記憶で読みながら、理解した抽象概念の塊を長期記憶へ移していく脳のプロセス」「究極の読書とは著者との全人格的な対話、融合、同化」
デジタルモード:「メニュー⑯:メモ帳アプリで情報を『固定化』し、『規格単位化』する習慣。メニュー⑰:情報の一元管理+発酵で、『自分だけの知の生態系』を構築。メニュー⑱:単位化された情報を組み合わせ、アウトプットし、共有する。メニュー⑲:マルチスクリーンとSNSでアウトプット作業を効率化。メニュー⑳:生成AIの活用で、インプットとアウトプットの幅を広げ、効率化する」
6つのモードのワークアウト全体に関するポイントとして「A:脳の働きの役割と特徴を理解する。B:モード生成の順で優先順位をつけ、最適な時間配分をする。C:脳を使うときの身体感覚と周辺環境を強く意識する」


AI時代にどうなるのか。「所属組織やポジション、学歴などの属性に依存せず、『人間にしかない知性から価値を生み出せる人』か、『AIをうまく活用し、圧倒的に生産性を改善できる人』、もしくはその両方ができる個人が活躍する時代が到来した」。AI普及の懸念として「①輪郭のぼやけた誤情報の拡散②身体知を学ぶ機会の喪失③批判的思考力の低下④監視と思想統制と文明の分断」を指摘。そして、AIが人間を完全には超えないという立場を取る筆者は、その理由として「①生命の自律性と意味を理解する力の有無②真実とされていることに対する懐疑的な姿勢と批判的思考③正解のない問に対する倫理的道徳的判断」を挙げる。
ブレインモードの価値はさらに高まるとして「①運動モード:身体知と感性。②睡眠モード:ゆとりと着想。③瞑想モード:意識と創造。④対話モード:精神性と遊興。⑤読書モード:探求と俯瞰。⑥デジタルモード:新たな身体知、さらなる拡張」と指摘する。すごいなぁ…


その他「本当の知的生産活動を行うときは、容量に制限がある作業記憶をフル稼働させる必要があるため、シングルタスクが原則」「『ながら行為』で時間を効率的に過ごしているつもりが、最も大切な脳のモードを壊している」「日本人に特有の長時間労働と慢性的な睡眠不足は、高度成長期の悪しき残滓」「2000円~3000円程度の名著に出会うことができれば、大抵の問題の答えはそこに書いてある」「専門領域の研究者でない多くの人にとっては、『ことの本質の大づかみの理解』が大切。それは知識を理解する目的が、さらなる知識の探求ではなく、その理解に基づく実践や行動の変容を目的としているから」「デジタルモードに長く浸ってしまうと、読書モードに影響を与え、深い批判的思考ができなくなってしまう」「自分の記憶は全くあてにならない。だからこそ、とにかく『記録すること』を基本動作として習慣化させることが重要」のあたりの言及もとても参考になる。すごい情報量と構造化の力だ…圧倒される。


人間はどうあれば人間らしくいられるのか。「生命としての性質として、既存環境に適応することに甘んじることなく、無限に新しい環境と新しい変化を求め続ける」「アウトプットとして価値提供することを意識し、その情報の受け手を想定することで初めて、私達は何らかの知的生産の技術を要求され、具体的に行動を起こし始める」のあたりが鍵だと感じた。


分厚い本だが、インパクト抜群。頭の整理が半端ない…ぜひ、一読をお薦めしたい。

【読了】東京大学広報室「素朴な疑問VS東大」

今年20冊目読了。大学活動を広める広報室が、「なぜ?」から始まる学術入門をする一冊。


体、身の回り、自然科学、環境に関する素朴な疑問41個を学術的に解き明かすというプロセスはなかなか面白い。読む人によってポイントは全く異なるだろうが、興味深く読めた。


自分が気になったのは「疲れると眠たくなるのは、カルシウムイオンが神経細胞に入るから」「楽しい時間があっという間に過ぎるのは、心の時計を早送りする神経伝達物質が出るから」「利き手と非利き手があるのは、二つの手をうまく協調させて動かすため」「あいうえお、あかさたなの順は、密教の僧侶が梵字を勉強したから(インドの字母表の配列に従っている)」「電化が温暖化防止に必須なのは、電力は将来100%非化石エネルギーで作れるようになるから」「温暖化が進むと、日本の梅雨は災害につながる豪雨が各地で増えそう」のあたり。これは人によってだいぶばらつくだろうな。


あと、心に響いたのは「基礎研究は、『これは世の中に役に立つぞ』と予想するものではない。目の前に謎があるから、それを知るために実験をし、答えを見つける。その過程は楽しく、喜び」「過去は将来を解く鍵」のあたり。これは全ての真実ではなかろうか。

【読了】ブルース・シュナイアー「ハッキング思考」

今年19冊目読了。ハーバード・ケネディ・スクールで教鞭をとるセキュリティ技術者の筆者が、「強者はいかにルールを歪めるのか、それを正すにはどうしたらいいのか」を考察する一冊。


ハッキングというとコンピューターの世界だけに感じるが、実は社会システムに対してもそうだ、と筆者が切り込むところが非常に興味深い。


世の中が『強者総取り』に近づく仕組みを「金持ちの多くはルールが自分たちにも当てはまるということを受け入れない。あるいは、少なくとも自分たちの利益のほうが優先されると、当たり前に思っている。その結果、金持ちはいつの世にもシステムをハッキングする」「市場経済にハッキングを呼び込むのは財力であり、それで利益を得るのは富裕層」「ハッキングは寄生的であり、ほとんどが権力のある富裕層によって実行され、それ以外の全員を犠牲にして成り立っている」「結果が軽微なものであり、アルゴリズムが発覚しないうちは、ハッキングが起こっていることに誰も気づかないかもしれない」「力を持たない者のハッキングは違法と判定され、ハックは不正になる」と、ハッキングをベースに捉えるというのは実に斬新ながら、確かにそう感じる。


ハッキングについての「社会システムは信頼の上に成り立っており、ハッキングはその信頼を失う」「システムは階層が上がるほど一般性が上がり、上のシステムが下のシステムを支配する。そしてハックはどのレベルでもターゲットにできる」「ハッキングは、世の中をよくする力になりうる。大切なのは、良いハックを後押ししつつ、同時に悪いハックに歯止めをかける方法を理解することであり、両者の違いを知ることだ」「ハッキングは、システムの規則や規範を打ち破って、システムの意図をくじく。いわば『システムの逆手を取る』。ハッキングは、不正行為とイノベーションの真ん中に位置している」「ハックは、脆弱性とその脆弱性を利用するしくみで成り立っている」「ハッキングは狙ったシステムに対して強すぎてはいけない。ハッキングが成立するにはシステムが存続しなければならないからだ」というフレーミングは確かにそうだと思う。
また、テクノロジーの脅威について「テクノロジーは、その変動の幅を変える。短期的な上下の変動は激しくなっており、長期的な軌跡には影響しないだろうが、その短い期間を生きる人すべてにとっての影響は甚大」「コンピューターとAIの技術が組み合わさると、速度、規模、範囲、複雑度という4つの次元でハッキングは加速する」と鋭く指摘するあたりも共感できる。
AIについての「人間の言語と思考においては、目標や願望が常に言葉たらずで終わっている」「AIが人間に思いも寄らなかった解決策を見つけるのは、人間が共有し当然だと思っている文脈や規範、価値観という観点では考えないから」という言及はなるほどとうならされるし、AIによるハッキングから社会を守るために、筆者はガバナンスシステムとして「①迅速さと正確さが必要②できる限り多くの視点を持つ③プロセスと裁定は公式に透明である④構造、機能、意思決定力、アプローチを短時間で進化させるメカニズムが必要」と主張するあたりも納得。


人間の特性から「虚偽情報は、注意力、説得、信頼、権威、同族意識、あるいは恐怖などの裏をかくハック」「信頼に向けられる私たちの認知システムは、個人を信頼することに基盤を置いている」「人はデータよりも物語に基づいてリスクに反応する」と読み解くあたりも面白いし、「フェイスブックYouTubeが両極端を目指しているのは(1)ユーザーの関心に基づいてアルゴリズムが最適化した結果、両極端なコンテンツが表示されるようになった(2)そこから生じかねない問題を、経営陣が度外視すると決めた、が理由」は空恐ろしい…


では、世の中はどうすればよいのか。セキュリティ技術者故の「ハッキングの対策は『原因になっている脆弱性をなくすこと』『ハックの効果を下げること』『事後にハッキングを検出して、そこから復旧すること』『悪用されないうちに脆弱性を発見すること』」「私たちが構築しなければならないのは、ハックに速やかに効果的に対応できる回復性を備えたガバナンス」という言説は非常に納得できる。なかなか読みにくいが、面白かった。


余談ながら、アラフィフとしては「ソウルオリンピックで、アメリカのデビッド・バーコフと日本の鈴木大地は背泳ぎをハッキングした。プール長辺の過半まで潜水で進むという泳ぎで驚くべき記録を打ち立てたのである」のくだりは確かにそうだなぁと感じた。なるほど…

【読了】谷川嘉浩「スマホ時代の哲学」

今年18冊目読了。京都市立芸術大学美術学部デザイン科特任講師の哲学者である筆者が、失われた孤独をめぐる冒険を解き明かす一冊。


畏敬する先達が薦めていたので読んでみたら、なるほど非常に納得できる。まさにスマホ時代というのをどう捉えるか、ということの大きな道標になる。


筆者は「本の内容を単に『情報』として受け取るのではなく、『経験』に変えてもらう必要がある。、情報を経験に変えるのは、読者の仕事。読書は、そういう共同作業」と述べるが、これは非常に共感できる。


筆者は、現代社会では誰しも迷っているとし「私たちは自分が迷っていることを認めない傾向にある。だから、自己完結の迷宮を脱しようと思うなら、まずは迷い取り乱している自分を認識することから始める」と問題を指摘。
そのうえで、自分を鍛えるという観点での「自力思考が平凡なアウトプットに陥るのは、自分がすでに持っている考えを再提出しているにすぎないから」「どんな知識も、使いどころや使い方=『想像力』と一緒に学ばなければ仕方ない」「想像力を豊かにするとは、いろいろな人たちの想像力を身につけること」という言及は非常に耳が痛い…


哲学の世界を歩くときの注意点として「①考えることにも練習は必要(すぐに結果を得ようとしない)②使われている通りの言葉遣いをする(独自の使い方はしない)③その哲学者の想像力に沿って読む(日常の語感を投影しない)」というポイントは確かに納得だ。


現代社会に対する「スマホ時代は、常時接続の世界において生活をマルチタスクで取り囲んだ結果、何一つ集中していない希薄な状態『つながっていてもひとりぼっち』」「常時接続に身を委ねて不安を『つながり』や『シェア』で埋めてばかりいると、他人だけでなく自分の感情や感覚を繊細に受け止め、掘り下げていくことがますます下手になっていく」「さみしさに振り回される私たちを特徴付けるのは、自己への過剰な関心と自己完結性」という分析は非常に鋭いと感じる。
常時接続故の孤独の大事さについての「『孤立』抜きに『孤独』は得られない」「孤独は、自分自身の対話を通じて自己形成していくプロセス」「多様な自己を育む孤独は、世界や他者、そして自分に対する基本的な信頼の上に成り立っており、そうした信頼を育んでくれるのが、信頼に値する仲間」という主張は確かに納得。
さらにネガティブ・ケイパビリティは「自分の中に安易に答えを見つけようとせず、把握しきれない謎をそのまま抱えておくことで、そこから新しい何かをどこまでもくみ取ろうとする姿勢」であり「趣味が可能にする自己対話が、対話として成立するために避けがたく必要な能力」。そして、趣味には孤独を可能にする力があると主張し「自分の外側に謎を作り、その謎と繰り返し対峙し、それから様々な問いを受け取る中で、一種の自己対話が実現される可能性がある」「趣味を通じて、生活の中に孤独を持ってきた人にだけ『見えるし、わかってくる』『つらいこと』が、優しさにつながっている」と、その効用を述べる。


現代人の陥りがちな罠として「人間は単に気晴らしするだけに留まらず、気晴らしの活動を通して、つまらない虚栄心や承認欲求を満足させようとする」「人が何かに夢中になり、没頭しているように見えても、それは寂しさ(倦怠)に駆られた結果であって、孤独が伴っていないかもしれない」という状況だと述べる。さらに「現代の自己啓発が促すのは、内面への関心だけを極大化させる自己完結的な生き方」「私たちは、変化と成長を要求し続ける現代の文化につらさを感じながらも、考えすぎると憂鬱になるので、動画や写真、音楽やアルコール、コミュニケーションの断片を過剰摂取し、『酩酊』や『昏睡』にも似た状態に自分を置くことで、違和感や虚脱感をやりすごしている」というのは耳が痛い…


ではどうすればよいのか。筆者の「退屈や不安、何か足りないという気分に、時々は身をさらすことをやってみたほうがいい」「感覚の変化は、自分の行動を再編し、自分のあり方を変えていくための転換点を示している」という主張は肯んじ得るものだと感じるし、「理解は常に不完全だからこそ、知ろうとすることに終わりはない。それこそが、人生を面白くしている」ということは非常に共感できる。


平易に見えて、読みにくい。しかし、だからこそ価値がある一冊。

【読了】読売新聞経済部「JRは生まれ変われるか」

今年17冊目読了。国鉄改革の功罪を、コロナ後の社会情勢から振り返る一冊。


コロナ後に輸送量が減ったJR。「採算性と公共性のはざまで、JRはどこへ向かおうとしているのか」という疑問を調べていくこの本は、昭和史が令和にどのように影響をしているのか、という内容だ。


そもそも鉄道網について「全国の鉄道網は国鉄の時代から、都心部や新幹線の収益で地方ローカル線の赤字を支える『内部補助』で成り立ってきた。民営化の際、採算の悪い路線の多くをバス転換などで切り離しており、この仕組みを続けられると想定していた。内部補助は、一定以上の人口が前提となっていた」という状況で「分割民営化後30年以上にわたり、JR本州三社が安定的な成長を遂げ、運賃値上げをしないで済んだのは、日本でデフレが続いていたことがプラスに働いたから」という僥倖でしかないという指摘は確かにそのとおり。
他方「政治からの圧力は避けたい。一方で、政治に気を配らなければ事業は成り立たない。JRは政治に翻弄される宿命を持つ」というのもまた真実。


国鉄分割民営化について「国鉄改革の議論は、単独か分割かの命題を巡る戦いだった。採算性を高めるため、どんぶり勘定をやめて目の行き届く範囲で管理する。地域に合わせた列車運行や運賃設定をする。発想は妥当と言えた。ただ、経営安定基金を配分して手当てをしたはずのJR北海道、四国の経営悪化に歯止めがかからないことは、想定外だった」と一定の評価はするものの「国鉄改革は全体で観れば成功した。だが、思いがけない低金利や想定を超えた人口減少で、最もしわ寄せが行ったのがJR北海道だった」「JRの誤算は想定をはるかに上回る地方の人口減少が契機だった。令和の現在から振り返れば凡庸な理由かもしれない。今に影を落としているのは、昭和の時代に多くの国民が夢想だにしなかった事態である」という現実が令和になって立ちはだかっている。
さらなる人口減少に向き合う日本にとって「ローカル線の最大の問題は、鉄道会社、自治体、国がどう負担を分かち合うかだ」「どんな未来を選ぶか。沿線自治体や住民の判断に委ねられるところが大きい」という指摘は重い。安易に予算をつけられないのは人口減少もそうだが「鉄道局の予算が少ないのは、鉄道は道路に比べ、新設するべき路線が少なく、成熟産業であることも一因だが、国鉄時代の巨額債務の影響が大きい。国民に負担を求めざるをえなかった-。この重い反省こそが、鉄道局の予算の少なさにつながっている」というのも一因なのだろうな…


今後、鉄道はどうなるのか。「鉄道のそもそもの存在意義は、移動サービスを提供することだ。地域に適した交通モードは何か、将来を考えて地元とともに考えていく必要がある」「鉄道会社の役割は時代とともに変化している。地域を元気にするための社会インフラを提供するのが役割だ。その一つが鉄道事業だが、もう一つの大きな柱は都市開発や不動産開発」のあたりは『言うは易く行うは難し』。開発しようにも地域が人口減少するのだから、本当に工夫しないと難しいんだろうな…

【読了】山口真由「挫折からのキャリア論」

今年16冊目読了。東大法学部首席卒業、財務省官僚、弁護士、ハーバード大学ロースクールという一見華やかな経歴を持つ筆者が、「すべての失敗は未来の自分へのプレゼントになる」と、レジリエントに生きることを主張する一冊。


畏友が薦めていたので読んでみたら、なるほどこれは良書だ。過去の失敗を「あめ玉」と喩えるところは少し独特だが、自らの失敗をさらけ出して向き合う姿勢はすごい。


自分の失敗から、先人として「部下や後輩を育成する目的で、上の世代は自分の『弱さ』を下の世代に向けてもっと開示しなくてはならない。キャリアの駆け出しの頃の、恥ずかしく、悔しい経験を、できるだけ詳しく、当時の感情も含めて話す。ベテランになってからの失敗談も同様に、武勇伝や自慢話ではなく、上から目線の説教でもなく、等身大の人間の話として-」という姿勢は頭が下がる。


筆者は優秀であるが故に「できるだけ早く仕事で頭角を現して、自分にとっての『王道』、つまり『自分が理想とする、物事が進むべき正当な道』に戻りたいともがいていた」「私は『他人による評価』に自己評価を連動させていた」と囚われていた。
しかし、「自分の得意とする部分で評価をもらって、そこから横に力を伸ばしていくことは可能」「『自分ができない』と思っていたけど、向いている分野と向いていない分野がある、というだけで、自分が根本的に劣った人間だというわけではなかった」「私は自分が全方位的に優秀だと思い込んで、過剰に盛って生きてきたけれど、決定的な強みを活かすのが私にとっての正解なんだ」ということに気づいたところが秀逸だが、そこに至る苦闘はなかなか壮絶だ…


挫折を乗り越えた筆者のスタンス「ある年齢までに結婚するというイメージは、親の世代や社会による刷り込みである部分が大きい。そこからはみ出してもなお、人生の中で、自分の思いを実現することはできる」「傷ついた経験は取っておいた方が、後々、自分を鼓舞できるときに使える」「永遠にツキが回ってこないことはない。今はすべてがうまく回らない時期。だけど、ここをやり過ごせば、すべてのことが好循環になる時期が来る」は、非常に参考になるし、「つらい経験と向き合うときには、まず『書く』。そのうえで、適切な相手に適切なタイミングで話す。それは相手のためにもなるし、自分のためにもなる」は、自分自身使ってみたい。だが、体験したくないのは「生きれば生きるほど赤字額が増えていくという状態は、人の精神をむしばむ」の部分だな…


余談ながら、スティーブン・スピルバーグの「あなたの理性はあなたが何をすべきかを叫び、直感はあなたが何をできるかをささやく。直感に耳を澄ませなさい。それ以上にあなたを形作るものはないのだから」という言葉こそがこの本の真髄だろうと感じた。読みやすく、一読をお勧めしたい。

【読了】坂口孝則「買い負ける日本」

今年15冊目読了。調達・購買コンサルタントの筆者が、日本の絶望的なモノ不足と、機能不全に陥った日本企業の惨状を描き出す一冊。


衝撃的なタイトルだけでなく、現実が非常に厳しいことを痛感せざるを得ない。


日本が素晴らしいなどという思い込みは「国内は、少量ゆえの非効率化が目立つ」「とにかく日本向けはめんどくさい。外国だったら信じられないレベルの要求をする。他の国に次々に売れていくのに、日本だけに特別な対応はしない」という指摘が打ち砕いてしまう。


そして、失われた30年によって「消費者にとって安い方がいいに違いない。ただし結局は程度問題だ。価値を認めるべきは認め、価格を上げるべきは上げる。その当然の値上げががなく、ひたすら低価格志向を重ねれば日本は世界から置き去りにされていく」「現在では、働く人材が、働く国を選んでいる。良い人材を各国が争って誘致している。その状況がわからず待遇改善が図られなければ日本から人材が流れ、日本は堕ちていく」という状況を客観的に突きつけられると、胸が痛い…


日本企業凋落の理由を「GDPの相対的下落、購買力平価の低下、付加価値あるものを販売できるか、トップ企業の没落と発言力の低下」
「日本の優先度はもはや高くなくなった。米国から日本に寄るよりも、早く中国に戻して次の便として出港したほうが儲かる」「ずっと安い商品しか買わない日本が、物量も少ない。でも時間はかかる。そりゃ、そういう国は選ばない」「日本は国家としての戦略が欠けている。民間に任せすぎている」と、厳しく指摘。実例を出されると、ぐうの音も出ない…


さらに、日本の問題点を「日本は裾野の広いサプライチェーン構造。これが『納品してもらって当然』と買い手側の慢心を呼び、仕入れ先に負担を求め、そして仕入先の絶大な協力を前提とする『すり合わせ』を期待し、『阿吽の呼吸』で事業を進める。さらに多層構造は、下の仕入先の顔を見えなくする。声が届かず、さらにトップ同士の関係が希薄になっていく」「日本企業の目的は品質追求ではなく、既存維持・前例踏襲、ゼロからの見直しを避ける」「全員参加の姿勢は、そのうち『誰も責任を取らない』と同義になっていく。誰も責任を取らないので、なんとなく全員が責任を取る。だから、全員がとりあえず『知っておくこと』が重要になった」と触れられると、本当に頭を垂れるしかできない。


提言として、多層構造の問題に対しては「仕入先への早期発注を。下位仕入先へ積極的な関与と情報開示を。日本企業トップは仕入先トップと積極的な交渉を。」品質追求の問題点に対しては「品質を売るのではなく価値の販売を。OR設計の徹底を。コスト評価の徹底を。」全員参加主義・全員納得主義に対しては「結果ではなく手法と結果幅の合意を。リスクを取った行動を。横並びを脱する企業戦略を。自己を否定し新たなビジネスモデルを。人材の流動化と賃上げを」という主張は非常に納得できる。


失われた30年の恐ろしさを、筆者は「人びとは、大きな変化には気づく。しかし、ゆっくりとした変化にはなかなか実感を持ちにくい」の言葉で抉っている。本当に、このままではいけない。危機感を強く覚えさせてくれる(苦しいけれども)良書だ。