世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】谷川嘉浩「スマホ時代の哲学」

今年18冊目読了。京都市立芸術大学美術学部デザイン科特任講師の哲学者である筆者が、失われた孤独をめぐる冒険を解き明かす一冊。


畏敬する先達が薦めていたので読んでみたら、なるほど非常に納得できる。まさにスマホ時代というのをどう捉えるか、ということの大きな道標になる。


筆者は「本の内容を単に『情報』として受け取るのではなく、『経験』に変えてもらう必要がある。、情報を経験に変えるのは、読者の仕事。読書は、そういう共同作業」と述べるが、これは非常に共感できる。


筆者は、現代社会では誰しも迷っているとし「私たちは自分が迷っていることを認めない傾向にある。だから、自己完結の迷宮を脱しようと思うなら、まずは迷い取り乱している自分を認識することから始める」と問題を指摘。
そのうえで、自分を鍛えるという観点での「自力思考が平凡なアウトプットに陥るのは、自分がすでに持っている考えを再提出しているにすぎないから」「どんな知識も、使いどころや使い方=『想像力』と一緒に学ばなければ仕方ない」「想像力を豊かにするとは、いろいろな人たちの想像力を身につけること」という言及は非常に耳が痛い…


哲学の世界を歩くときの注意点として「①考えることにも練習は必要(すぐに結果を得ようとしない)②使われている通りの言葉遣いをする(独自の使い方はしない)③その哲学者の想像力に沿って読む(日常の語感を投影しない)」というポイントは確かに納得だ。


現代社会に対する「スマホ時代は、常時接続の世界において生活をマルチタスクで取り囲んだ結果、何一つ集中していない希薄な状態『つながっていてもひとりぼっち』」「常時接続に身を委ねて不安を『つながり』や『シェア』で埋めてばかりいると、他人だけでなく自分の感情や感覚を繊細に受け止め、掘り下げていくことがますます下手になっていく」「さみしさに振り回される私たちを特徴付けるのは、自己への過剰な関心と自己完結性」という分析は非常に鋭いと感じる。
常時接続故の孤独の大事さについての「『孤立』抜きに『孤独』は得られない」「孤独は、自分自身の対話を通じて自己形成していくプロセス」「多様な自己を育む孤独は、世界や他者、そして自分に対する基本的な信頼の上に成り立っており、そうした信頼を育んでくれるのが、信頼に値する仲間」という主張は確かに納得。
さらにネガティブ・ケイパビリティは「自分の中に安易に答えを見つけようとせず、把握しきれない謎をそのまま抱えておくことで、そこから新しい何かをどこまでもくみ取ろうとする姿勢」であり「趣味が可能にする自己対話が、対話として成立するために避けがたく必要な能力」。そして、趣味には孤独を可能にする力があると主張し「自分の外側に謎を作り、その謎と繰り返し対峙し、それから様々な問いを受け取る中で、一種の自己対話が実現される可能性がある」「趣味を通じて、生活の中に孤独を持ってきた人にだけ『見えるし、わかってくる』『つらいこと』が、優しさにつながっている」と、その効用を述べる。


現代人の陥りがちな罠として「人間は単に気晴らしするだけに留まらず、気晴らしの活動を通して、つまらない虚栄心や承認欲求を満足させようとする」「人が何かに夢中になり、没頭しているように見えても、それは寂しさ(倦怠)に駆られた結果であって、孤独が伴っていないかもしれない」という状況だと述べる。さらに「現代の自己啓発が促すのは、内面への関心だけを極大化させる自己完結的な生き方」「私たちは、変化と成長を要求し続ける現代の文化につらさを感じながらも、考えすぎると憂鬱になるので、動画や写真、音楽やアルコール、コミュニケーションの断片を過剰摂取し、『酩酊』や『昏睡』にも似た状態に自分を置くことで、違和感や虚脱感をやりすごしている」というのは耳が痛い…


ではどうすればよいのか。筆者の「退屈や不安、何か足りないという気分に、時々は身をさらすことをやってみたほうがいい」「感覚の変化は、自分の行動を再編し、自分のあり方を変えていくための転換点を示している」という主張は肯んじ得るものだと感じるし、「理解は常に不完全だからこそ、知ろうとすることに終わりはない。それこそが、人生を面白くしている」ということは非常に共感できる。


平易に見えて、読みにくい。しかし、だからこそ価値がある一冊。