世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】城山三郎「臨3311に乗れ」

今年1冊目読了。企業小説を得意とする筆者が、近畿日本ツーリストの前身である「日本ツーリスト」の立ち上げとバイタリティ、熱量について熱く記した小説。


とにかく、日本ツーリスト社長の馬場勇の熱量と行動力に圧倒される。戦後の旅行業創生期にこんなことがあったのか、と驚くばかり。


創生期においては、交通公社の逆張りともいうべき「素人っぽい野武士ばかりなので、無理とも知らず、要求を貫き通すことができた」「旅行代理店は、国鉄の息がかかったところが多いだけに、知らず知らず、旅程も国鉄を軸に考えるのが癖になっていたが、野武士集団である日本ツーリストは、それがなかった。お客様本位、商売本位に、ごく自然に、自由に考えることができた」というプレースタイル。そこにまつわるエピソードは凄まじい熱量にあふれている。


旅行業の本質についての「旅行業のような事業は、いかに早く情報をつかみ、また、その情報を活かすかが、ひとつのコツである」「前金を預けてもらうわけだから、よほど信用がなくてはできぬ仕事だ。客に対しては、信用第一で、とにかく契約どおりのサービスをしなくてはならん」という言及は令和の今でもなお普遍だ。


旅行は余暇、レジャー産業とはよく言われるが、佐伯勇社長の「弓を見てみい。いつもはりつめとったら、役に立たん。巻いたらゆるめな、あかんのや。人間かて、同じや。そのゆるめるのが、観光であり、旅や。観光いうのは、活力の再生産、つまり新しい価値の創造なんや。だから、堂々と胸を張って仕事せい」という見解は本当に優れている。


また、旅行に限らない話としては「夢中で碁盤にはりついていると、自分の石が死にかけているのが、見えなくなる。だから、ときどき立ち上がって、盤面を離れてみることが、大切なんだ。そうでないと、ついつい相手にひきずられて、気がついたときには、こっちの石が死んでしまっている」「にらめっこするくらいに、相手を見つめろ。ただし、相手のいうことをよくきけ。よい聞き手になれ」「仕事は思い切って任せ、企画性を発揮させる。しかし、締めるべきところは締める」のあたりが心に響く。さらに、筆者のあとがき「土地も資源もエネルギーもない日本が、生きていく上に残されているのは、ある種の創意とともに、やはり、人間たちの情熱、その熱っぽさ以外にないのではなかろうか」こそ、2024年の日本に必要なものだと感じる…


余談ながら、1960年代に馬場勇が「旅行会社としては、客がすべて個人客になり、個々別々の好みを出されても、それに応じられる体裁をつくっておかねばならぬ。このための膨大なデータを記憶し整理し、生き生きと活用できるのは、コンピュータしかない」と睨んでいたのはあまりの慧眼に驚くばかり。2024年の今なお、これは至当な見通しだ…


そして、馬場勇の「人間は、日に四度、メシを食うものだ。三度は、ふつうのメシを食う。あとの一度は、活字のメシを食え。つまり、読書だ」「人間いくつになっても、どんなになっても、勉強しなけりゃだめだ」の言葉は大事にしたい。それにしても、その心血を注いだ会社が2023年に大規模な不正をやらかしたのを、馬場勇は草葉の陰でどう思っているのだろうか…と考えると、ちょっと切ない。