世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】藤崎慎吾、田代省三、藤岡換太郎「深海のパイロット」

今年97冊目読了。サイエンスライターの筆者が、元深海潜水調査船パイロットと株式会社グローバルオーシャンディベロップメント観測研究部部長とともに、6500mの海底に何を見たのか、そこから浮かび上がる事柄をまとめた一冊。


息子がイベントで田代省三氏の講演を聞いたのに同席していて興味が湧いたため借りてみた。単純に冒険ものとしての重さのみならず、その中身の深さ(さすがだ…)、人間の限界に感じることは多い。


なぜ深海なのか。筆者は「深海も宇宙も、フロンティアという意味では同じである。どちらでも生身の人間は生存できない、過酷な世界だ。巨大な水圧や電波が使えないといった条件を考えると、深海の方がよりアクセスしにくい面もある」とする。
そして、その危険性については意外にも「何千メートルもの深海に潜ると聞けば、水圧で押しつぶされたり浸水したりしてしまうような事故を想像するかもしれないが、人間が乗る耐圧殻は非常に丈夫なので、まずそういうことは起きない。それより危険なのは海底で何かにからまったり故障を起こしたりして、浮上できなくなることだ」と指摘する。


操縦についての「マニュアルはあってもハウツー本はない。それは口頭や文章でどうのこうのと説明するより、体得させたほうが確実で早い」「いったんパイロットをやってからコパイロットをやると、色々と勉強になるらしい。例えば水中での船の動きというのは自分で体得するしかないのだが、逆に人から、よりいい方法を口頭で教えられてもわからないということがある。それも体得させてもらうしかない」のあたりは、どんなハイテク機器でも、自然に立ち向かうにはやっぱり人間の力なんだな、と思わされる。


また、慣れてきても「潜れば潜るほど勘も冴えるようになっていくが、先入観や固定観念もできてしまうので注意しなければならない」「とにかく臨機応変な対処ができなくなるので、運航チームでは長年『固定観念を持って潜行するな』という言葉を自戒として引き継いでいる」ということは、地上においても共通の課題だと感じる


なぜ、今、無人潜水(機械化)ではないのか。筆者たちは「人間を超えられるセンサーはありえないと思うんですよ。人間はセンサーであり、CPUを持ち、いろんなアクションのできるセンサーもあるわけでしょう。要するに何も知識も能力もない人間を海底に持って行ったって、何の意味もないわけですよ」「人間が行く機会が少なくなればなるほど、その人間に対する要求は高いものになるはずであって、それに応えられる人間が出てくる。人間ってそうなっていくと思うんですよ」「人間の眼は、テレビ画面で観察できる以上の情報を感じているのです」「有人潜水調査がなぜ必要か。その理由は、①人の目のよさ②どうしても自分でそこへ行って自分の目で確かめたいという、人間のあくなき好奇心③臨場感④勘」ということを主張する。


科学の粋を極めた『しんかい6500』パイロットの言葉「人間が誇る『科学』は、全ての現象を数値で証明しようと試みています。しかし、私がこの目で観察した深海で生きる彼らの生態や、悠久の時間の本当の意味は、いつになっても科学では解明できないのではないでしょうか?私は、最新鋭の潜水船で深海底に潜るたびにこの疑問を感じます。人類の英知をかけて建造した潜水調査船で観察した深海底は、皮肉にも我々人類の無知、無能、そして自然に対する尊厳の欠如を知らしめるのです」は、本当に重たい。


そして、それを超える重さがある言葉が『怖さ』について。「他人が見てて、自分があんなことをやったら死ぬかもしれないから怖いな、と自分が思ってるだけで、その人たちは絶対そうは思ってない」「深海でも人間の影響がところどころに見られるようになり、『環境破壊』という現実が深海にも迫っていることを実感させられたとき、『怖い』と感じた」は、人類にとって本当に厳しい言葉だ…


興味を持つということの大事さを改めて教えられる、なかなかの良書。