世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】石山恒貴、伊達洋駆「越境学習入門」

今年49冊目読了。法政大学大学院政策創造研究科教授と、ビジネスリサーチラボ代表取締役の筆者が、組織を強くする冒険人材の育て方を提唱する一冊。


越境学習とは「ホームとアウェイを往還することによる学び」と定義し「越境した場で、違和感、葛藤を抱えながらも、なんとかやろうとする感覚」こそが学習の原型と提唱する。
そして「越境学習によって得られる『冒険する力』こそが、『新しいこと』『変革』を成し遂げるうえでの原動力になるのではないか」と考える。


越境学習のメリットは「『自分はなにができるのか』を見つめ直す良い機会になる」「『自分が本当にやりたいこと』を考える機会が生まれる」「越境によって得た違和感や葛藤といったモヤモヤが、自分自身の生き方、考え方、働き方、あるいは自分の会社や仕事を変えていく原動力につながる」ということを挙げる。確かに、自分の経験でいっても、違う世界に入ると強烈な違和感があったのは覚えている。


また「『経験学習』が目指すのは、安定、適応、効率化、高度化、積み上げていく学びだが、『越境学習』が目指すのは不安定、不適応、固定観念の打破、変革、前提を疑う学び」というのは、『両利きの経営』で出てきた「『深化』と『探求』」とまさに相似を成す。「ホームの自分とアウェイの自分の違いを知ると、『いろんな面を持った自分がいること』『変わり続ける自分がいること』にも気づく。これは、多元的な自己、流動的な自己に気づき、それを受け入れることにもつながる」は、まさにVUCA時代の今だからこそ価値がある気づきだろうと思う。


では、実際の越境学習では人はどうなるのか。「越境学習者は二度死ぬ(越境中と越境後に葛藤と衝撃がある)」とし、越境前に「重なりすぎている会社の価値観と自己の価値観を引き剝がし、自身の価値観を言語化できるようにする(脱社会化する)」ことで、冒険者マインド「①越境に対する覚悟をする②所属組織について理解する③働く目的を明確化する④越境の目的を明確化する」を持つように準備することが大事だと述べる。なぜなら「越境先のミッションに共感し、そこで貢献しようと思わなければ越境学習は起きない」からである。
それをやってもなお、「越境先では、所属組織にいるときには当たり前過ぎて気づかなかった『自社の常識が越境先に通じない』という衝撃」を受け、越境後には「脱社会化し、複数のアイデンティティを持つようになった個人から見ると、ホーム自体の景色が今までと違って見えるという予期せぬ事態に、越境学習者は大きな衝撃を受けてしまう」。
そこまでして行う越境学習の特徴とは何か。「①学習のプロセスが直線的ではない②葛藤がむしろ学習の原動力となる③もがくことも重要な要素である④ホームとアウェイを俯瞰する⑤所属組織でも葛藤は起こる⑥良い組織でも葛藤は避けにくい⑦必要な資源を動員できるようになる」であり、「越境学習者は越境中も、越境後も『葛藤→行動→俯瞰→動員』というプロセスをたどる」ようになる。


実際の越境者たちの体験談も興味深い。「『正しいやり方はこうだ』と押し付けてもうまくいかなかったことが『自分はこうしたい』と伝えると共感してもらえてうまくいった」「ベンチャーは小さな組織、大企業は大きな組織だけど、どちらにいても一人ひとりが、自分がオールを握って漕いでいるという感覚を持たなくてはだめなんだ」「初めから社内に正解を求めずに、まず自ら動く」「自分の本質的な価値はなんだろうかということを、きちんと言語化したいという思いが募るばかり」という体験にはインパクトがあるし、「4名の事例では、現状の延長線上に囚われた自身の思考に疑問を感じ、ありたい姿を思い描き、越境先で葛藤することで視野が広がり、さらに悩み続けながらも新しい挑戦を重ねていくことによって学びが生じた」というのは羨ましくすらある。


越境学習の成果として「大切なことは、分かり合えないことを知りつつ、分かろうと努力すること。越境学習はこの『多声性』の重要性に気づかせてくれる」「『どう働き、どう生きるのか』という問いは、越境学習の『何になりたいか』(どんなアイデンティティ形成をしたいのか)という問いと親和性のあるもの」という観点が得られるのは、非常に意義深いと感じるし、それがイノベーターの5つの能力「①関連付けの力:関連付けの認知的スキル②質問力:現状に異議を唱える質問③観察力:新しいやり方の観察④実験力:新しいアイデアを試す⑤ネットワーク力:多様な人々と幅広いネットワークをつくる」にも繋がってくるのだろう。閉塞感の在る2022年の日本の現状を考えると、その意義は論を俟たない。


なんだかとても難しそうなことを縷々述べているが、「個人主導の越境学習は、1割バッターを目指すくらいの気持ちで気軽に構え、小さな一歩で始めていけばいい」というのは少し心が楽になるし、じゃ、挑戦してみようかという気持ちにさせてくれる。「『分かったつもり』になっていると、自分たちの存在意義や顧客への貢献価値も当たり前のこととなり、深く考察しなくなる。結果として、組織文化の同質性が強くなり、外部の知識を受け容れにくくなる」というリスクをしっかり考え、会社という仕組みでなくとも、個人でチャレンジすることが大事だ、ということを感じさせてくれる一冊。これは良書だ。