世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン「両利きの経営」

今年47冊目読了。スタンフォード大学経営大学院教授と、ハーバード・ビジネススクール教授の筆者が、「『二兎を追う』戦略が未来を切り拓く」ということを提唱する一冊。


相当借りるのを待った本だが、正直、中身の難解さがかなり高い…ただ、言っていることは正鵠を射ているんだろうな、とは感じる。


翻訳者が「両利きの経営」と称するのは「知の探究:自身・自社の既存の認知の範囲を超えて、遠くに認知を広げていこうとする行為」と「知の深化:自身・自社の持つ一定分野の知を継続して深掘りし、磨き込んでいく行為」の活動をバランスよく高い次元で行うこと。
しかし、一般的に事業成熟に伴い、企業は深化に偏っていく。なぜなら「第一に、人や組織は認知に限界があるので、どうしても『目の前の知』を見がちになる。第二に、企業は社会での信頼を得るために、不確実な『探索』よりも『深化』に向かってしまう。さらにいえば、ひとたび成功して『自分たちのやっていることは正しい』と認識すると、自分の認知している世界に疑念を持たなくなり、抜け出せなくなる」からだ。


探求が難しいのは「公式なコントロールシステムの調整(構造や指標など組織的ハードウェア)と、社会的なコントロールシステム(規範、価値観、行動など組織的ソフトウェア)は、戦略をうまく実践するうえできわめて重要。しかし、そのせいで組織的な惰性も醸成され、明らかに脅威に直面しているのに変革が難しくなってしまう」ためであり、「深化を成功させるために必要な調整は往々にして、探索に必要な調整の妨げとなる」。「深化では効率性、生産性、差異を減らすことが強調されるのに対し、探索はその反対で、要求水準の高い調査、発見、差異を増やすことが重要になる」からだ。


では、その深化に伴う慣性の力に打ち勝つにはどうするか。リーダーのすべき項目は「①新しい探索事業が新規の競合に対して競争優位に立てるような、既存組織の資産や組織能力を突き止める②深化事業から生じる慣性が新しいスタートアップの勢いをそがないように、経営陣が支援し監督する③新しいベンチャーを正式に切り離して、成熟事業からの邪魔や『支援』なしに、成功に向けて必要な人材、構造、文化を調整できるようにする」と述べる。


両利きの経営について、実践ポイントは「戦略的意図、経営陣の関与・支援、組織構造、共通のアイデンティティ(ビジョン、価値観、文化力)」。リーダーシップの原則は「①心に訴えかける戦略的抱負を示して、幹部チームを巻き込む②どこに探索と深化との緊張関係を持たせるかを明確に選定する③幹部チーム間の対立に向き合い、葛藤から学び、事業間のバランスを図る④『一貫して矛盾する』リーダーシップ行動を実践する⑤探索事業や深化事業についての議論や意思決定の実践に時間を割く」だと読み解いたうえで、戦略的刷新が適切かどうかの判断基準としては「①成長機会が限られた成熟期の戦略によって、大方の業績が決まっているか②自組織の戦略を移行できる製品、サービス、プロセスの機会があるか③中核市場の外部に機会(または脅威)はあるか④その機会は、自社の中核となる組織能力や関連するアイデンティティの脅威となるか」を挙げる。


そもそも、この考え方はVSRプロセス「多様化(variation)→選択(selection)→維持(retention)という生物進化学を応用した社会学の視点」を導入している点で、納得性が高い。


基本的に、かなり難解な本ではあるものの、読みごたえは十分。「転身と成功が可能だったのはひとえに、市場の変化に伴って自社の強みを活用する方法を見通せるリーダーが存在していたから」「『自社の顧客には何が必要か』から始まる戦略のほうがはるかに安定している。この問いかけをした後で、自社のスキルとのギャップを調べていくのだ」のあたりは、経営者でなくとも認識しておいたほうがよい点だと思う。