世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】稲垣栄洋「面白くて眠れなくなる植物学」

今年4冊目読了。静岡大学農学部教授の筆者が、植物の様々な特性と謎を解き明かす一冊。


これは本当に興味深い。何気なく触れている植物の奥深さを感じさせてくれる。


そもそも、植物について「花の器官の形成は、A、B、Cという三つのクラスの遺伝子の組み合わせによって起こる。Aのみが発現するとガクが、AとBが働くと花弁が、Cのみが発現すると雌しべが、Bと cが働くと雄しべとなる。いずれも発現しないと葉になる」「単純な構造をした単子葉植物の方が古い植物で、発達した双子葉植物の方が進化した植物のやうな感じもするが、そうではない。スピードを重視するために、余計なものを失くしてしまったのが単子葉植物」のあたりはそれだけで驚きだ。


食べる植物について「リンゴは子房が肥大してできた果実ではない。花の付け根の花托と呼ばれる部分が、子房を包み込むように肥大してできている。本当の実ではないので、リンゴの実は『擬果』と呼ばれる」「弱い毒は、人間の体では薬として働く。毒に対抗するためにさまざまな機能が活性化するカフェイン、トウガラシのカプサイシン、バニラの実に含まれるバニリンなど、もともと植物にとっては身を守るための毒性成分。毒と薬は紙一重で、人間は古くから植物の持つ毒性物質を、巧みに利用してきた」「脂質は炭水化物に比べて、二倍以上のエネルギーを生み出す。トウモロコシやヒマワリは、脂質を使うことでスタートの芽生えを大きくし、ナタネやゴマは一粒当たりの種子を小さくし、たくさんの種子をつける。他方、脂質を蓄えようとすると、親植物に負担がかかる」「タマネギを切る時涙が出るのは、アリシンが目を刺激するから。アリシンは殺菌活性があり、タマネギが病原菌や害虫に襲われた時に、身を守る物質」「大根は根が辛い。根っこは、地上で作られた栄養素を蓄積する場所で、虫や動物に食べられてはいけないので、辛味成分で守っている」などは、豆知識として押さえておきたい。
そして「ムギのうち、種子が落ちない『非脱粒性』は、子孫を残せず致命的欠陥だが、人類にとってはものすごく価値のある性質。種子がそのまま残っていれば、収穫して食糧にすることができる。また、その種子をまいて育てれば、種子の落ちない性質のムギを増やしていくことができる」「文明の発祥地には、必ず重要な栽培植物がある」というのは、なるほどなぁと感じる。


何気なく当然に感じている野菜と果物の区別も「『野菜』や『果物』の定義は国によって違う。日本では草本性のものを野菜、木本性のものを果物として区別する」と言われると、けっこう驚きを感じる。


植物の色については「アブを呼び寄せる黄色い花と、ハチを呼び寄せる紫色の花」「紅葉した葉が赤色色素のアントシアニンを蓄積しているのは、水分不足や寒さから葉を守るため。また、抗菌作用や抗酸化機能があるので、サツマイモは病原菌から身を守るために皮にアントシアニンを持っている」「葉緑素の英語クロロフィルは、ギリシャ語の間取りを意味するクロロスと、葉を意味するフィロンから作られた言葉。葉緑素光合成のために、波長の短い青色と波長の長い赤や黄色の光を利用する。中間の緑色の光はあまり利用されないので、吸収されぶに反射する」「海藻は、海の水が赤い色を吸収するので、青色を吸収する光合成色素を持っている。光合成に利用しない赤と緑を反射するので陸上では褐色に見える」「植物の種子が赤くなるのは、鳥に食べてもらうサイン。恐竜の捕食を逃れるために夜行性となり、赤色を識別できなくなった哺乳類の中で、唯一、赤色を識別できるのが人間の祖先であるサル」などが実に面白い。


そもそもの植物について「すべての生物は、自分の得だけのために行動している。しかし、そんな利己的な行動が、人間から見るといかにも助け合っているかのような、お互いに得になる関係が作られている」「植物は、人々を勇気づけようと花を咲かせているわけではない。しかし、人はそんな植物の生きる姿にときに癒され、ときに勇気づけられる。植物も不思議で偉大な存在だが、植物を愛する人間という生き物もまた、不思議ですばらしい存在」と書いているところから、筆者の植物に対する限りない愛が感じられる。これは本当に楽しめた本だった。