世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】宇田川元一「他者と働く」

今年26冊目読了。埼玉大学経済経営系大学院准教授の筆者が、『わかりあえなさ』から始める組織論を唱える一冊。


平易な文章ながら、中身は非常に深い。図書館で予約して、相当待たされたのもむべなるかな。この読みやすさは、魅力だ。


基本に据えているのは『対話』であり「対話とは、一言でいうと『新しい関係性を構築すること』。なぜこれが組織論なのか。それは、組織とはそもそも『関係性』だから」「対話とは、権限や立場と関係なく誰にでも、自分の中に相手を見出すこと、相手の中に自分を見出すことで、双方向にお互いを受け入れ合っていくこと」と説明する。


人が一方的に解決できない適応課題を「①ギャップ型:大切にしている『価値観』と実際の『行動』にギャップが生じるケース②対立型:互いの『コミットメント』が対立するケース③抑圧型:『言いにくいことを言わない』ケース④回避型:痛みや恐れを伴う本質的な問題を回避するために、逃げたり別の行動にすり替えたりするケース」として挙げ、その解決には「こちら側の『ナラティブ(物語)』、つまりその語りを生み出す『解釈の枠組み』が変わる必要がある」とする。


具体的な解決のプロセスは
「1.準備『溝に気づく』①自分から見える景色を疑う②あたりを見回す③溝があることに気づく」
「2.観察『溝の向こうを眺める』①相手との溝に向き合う②対岸の相手の振る舞いをよく見る③相手を取り巻く対岸の状況をよく観察する」
「3.解釈『溝を渡り橋を設計する』①溝を越え、対岸に渡る②対岸からこちらの岸をよく見る③橋を架けるポイントを探して設計する」
「4.介入『溝に橋を架ける』①橋を架ける②橋を往復して検証する →観察『溝を眺める』から繰り返す」とするのだが、この類型化がじつにわかりやすくて秀逸だ。「よい観察は発見の連続である」も、おおいに共感できる。準備の段階で「焦りや不安、怒りなどが伴っていることが準備を阻害していることもありえる。それらマイナスの感情がなぜ芽生えているのかについてもう一度考えてみて、そのうえで、観察に取り組んでみることが大切」、解釈の段階で「解釈のプロセスは、信頼のおける仲間や相棒と一緒にやるとよい。さらに最低限、自分の頭の中だけで考えず、一度書きだすなどして、客観的に眺められるようにする」は、押さえておきたい。


対話をしている中で陥りやすい罠「①気づくと迎合になっている②相手への押し付けになっている③相手と馴れ合いになる④他の集団から孤立する⑤結果が出ずに徒労感に支配される」は、それはそうなのだが、これが難しいんだよな…


耳が痛いのは「大企業病なのは、実は提案を妥協した側も同じであり、そこに加担していることに気づく必要がある」「立場が上の人間を悪者にしやすい『弱い立場ゆえの正義のナラティブ』に陥っている」のあたり。40代という自身の立場を考えても「自らの権力によって、見たいものが見られない、という不都合な現実を見ることこそが対話をする上では不可欠」ということを十分に留意しておきたい。


とはいえ、「知識として正しいことと、実践との間には大きな隔たりがある」「わかっていないことを見定めるのが何よりも大事な一歩目」「まず自らの偏りを認めなければ、他者の偏りを受け入れるのは難しい」などの示唆に富む指摘もある。
何より、著者の「人が育つというのは、その人が携わる仕事において主人公になること」「旧き日本の息苦しい連帯は、もはや過去のものとなった。これから私たちが紡ぐのは、互いに大切にし合い、ともに苦しみに立ち向かえる新たな連帯」「私たちは、弱さや過ちを抱えて生きている。それだからこそ、私たちには対話を通じて、よりよい未来を切り拓く希望があるはず」というスタンスは勇気づけられる。


読みやすいし、ぜひ、一読をお薦めしたい。