世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】福永文夫「大平正芳」

今年140冊目読了。保守本流を歩んだ政治家にして、風貌から「讃岐の鈍牛」と銘されるも、政界屈指の知性派であり、戦後保守を担った大平正芳の実像に迫りながら、戦後保守とは何かを追及する一冊。


畏敬する友人がお薦めしていたので読んでみたが、なるほど、宰相・大平正芳の卓越ぶりと、その来歴からくる哲学を感じられて、勉強になる。そして、「アーウー」「政権闘争」「選挙中の非業の死」だけで片付けられるには、あまりにも惜しい。


大平の基本となる哲学は「思想・行動軸だけでなく、時間軸でも、大平は過去と未来の均衡の中に調和を見出し、自らを保守主義者と位置付ける」「大平はキリスト教を通じて西洋思想を、漢籍を通じて中国思想に近づき、二つの思想が交錯するなかに、自らの政治哲学と実践を見出した。それは彼の相反する二つの中心を対峙させ、両者が作り出す緊張とバランスのなかに調和を見つけようとする『楕円の哲学』と呼ばれる思考スタイルを生み出した」「時というものは不思議な構造をもっている。ちょうど川の流れのように、淀みなく静かに流れる時もあれば、激流や急湍となって荒れ狂う時もある。何となれば禍というものは多くは得意の時に生じ福というものは殆ど例外なく隠微の中に育まれる」など、非常に優れた洞察に満ち満ちている。


政治についての考え方も「人間というものは、労苦よりも安逸を求め、生活の低きよりも高きを求めたがるものである。政治がこの人間の本能に迎合して、そのご機嫌をとるばかりでは、その人のためにならないばかりか、国家と社会を破滅に導くことになる。その破局を避けるためには、人に真実を訴え、困難を説き、それ相当の犠牲を求めなければならない」「権力はそれが奉仕する目的に必要な限りその存在が許されるものであり、その目的に必要な限度において許される」「人生の歴史には、いつの時代をとってみても、今日と比べて、ひどくよかったという時代はなかったようです。いかなる手段にも必ずプラスとマイナスが伴うもので、絶対的にプラスである手段などというものはないということです。現実にはよりプラスの多い、よりマイナスの少ない主題を工夫することである」など、非常に深遠な見方に基づいており、その知性の深さを感じさせる。


令和のリーダーを考えると、「自分が努力し、成長し続けることによって、政権をとったあとでも、みんなを求心的にひきつけ、つねに新しい刺激を与えていった」「政治家が、派手なパフォーマンスに力を入れ、真摯な言葉を放棄したとき、国民を統合する長期的な展望を失う」「いまリーダーには、いたずらに対立の構図を作り上げ、あれかこれかの選択を迫るのではなく、国内外で展開される複雑なあれやこれやの多元方程式を解く能力が求められている」のあたりの記述が哀しいほど痛切に感じられる。


コロナ禍においては、大平の言葉「大いなる不安の連続です。世界をあげて『不安』の時代にさおさしています。しかしこの『不安』も連続すれば、それは一つの『安定』となり得るものです。度胸がすわってくるものです」のような心持ちを大事に生きていきたいものだ。