世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】クリスチャン・ウォルマー「鉄道の歴史」

今年137冊目読了。イギリスを代表する運輸問題の評論家である筆者が、鉄道誕生から磁気浮上式鉄道まで世界を股にかけて読み解く一冊。


鉄道の社会に与えたインパクトとして「鉄道により距離や時間の概念がくつがえされ、やがて社会に大変動がもたらされた。封建主義の名残は一掃された。人びとはもはや土地に縛り付けられなくなったからだ」「鉄道が導入初期に与えた大きな影響のひとつに、どの国も時間の統一を迫られたことが挙げられる。国内の時間も、国際的な時間もだ。そうしないと鉄道の時刻表がややこしくなりすぎる。こうして時間厳守、時間管理が鉄道に限らず、生活のあらゆる面で欠かせないものとなった」と述べる。


鉄道の特徴についても鋭い。「多くの鉄道会社は、誕生したときからその国最大の従業員を抱えていた」「従業員はあまり口にしたがらないが、鉄道の仕事は非常に危険なのだ(死亡率がこれより高いのは鉱業と漁業だけだ)」という厳しい側面に触れつつ、「専門化した労働に基づく、いわゆる専門職が発達した背景には、鉄道産業が重要な役割を果たしていたと言っても過言ではない。工学、法律、会計、側廊、いずれもおおいに刺激を受けている」は全くそのとおりだ。


個別の逸話もなかなか面白い。「新しい路線ではコスト削減が図られ、アメリカの鉄道は建設費がヨーロッパよりはるかに安くなったが、その結果、信頼性とスピードの点では劣ることになった。だが、最初から優れていた点もある。たとえば、アメリカの蒸気機関車には機関士室が取り付けられている。この『贅沢品』は過酷な気候に対処するため、必要に迫られて作ったもので、世界的に広まるのはずっと後だ。また、ヨーロッパの客室は個々のコンパートメントに分かれているが、アメリカでは最初から間仕切りがなかった。走行距離が長いため、乗客がトイレに行きやすい形にする必要があったのだ」「インドの鉄道は植民地支配プロジェクトそのものだった。住民のニーズなどほとんど考慮されていない。敷設地も、工事の開始時期も英国が決める。英国の国益にかなうことが目的とされ、のちにマハトマ・ガンジーなど民族主義者から帝国主義の道具と目されるようになる」「ロンドンのメトロポリタン鉄道はやがて世界中の地下鉄にメトロという名を与えることになる」「アメリカのオープンプラン・モデルは、ヨーロッパとの違いをもうひとつ生み出した。車掌が車内を通り、検札や切符の販売を行うほか、車内の秩序を保つ働きもするという点だ」などは興味深い。そして、ナチスアウシュビッツ輸送鉄道と並んで悪事と述べられている泰緬鉄道のことは日本人として心が痛むが、「日本は4つの本島から成り立っているが、居住可能な土地は国土全体の5分の1足らずで、1億2700万強の人口のほとんどが比較的狭い低地に集中している。この人口密度の高さが高速鉄道の開発をもたらしたのだ」は誇らしい。


コロナ禍の2020年においては「人が移動しないという点が、経済的にも社会的にも発展の大きな阻害要因となっていた」は本当にそのとおりと痛感する。


あまりにも稠密すぎて、普通に読むことはあまりお薦めできないが、通読すると鉄道の特性と歴史を網羅することができる一冊だ。