世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】鈴木勇一郎「国鉄史」

今年29冊目読了。川崎市市民ミュージアム学芸員の筆者が、国鉄通史を分析する一冊。


関係者ではないのに、よくここまで調べたなぁ…という細かさ、わかりやすさ。通史として見るにはわかりやすいと感じた。


そもそも国有鉄道について「一般的な国鉄のイメージである全国一体のネットワークは、明治初期の鉄道創業期からあったものではなく、日露戦争後の鉄道国有化にその直接の起源がある」「ヨーロッパの国で国鉄が誕生するのは、20世紀に世界大戦を経験してから。日本が1870年代に国鉄方式を採用したのは、ずいぶんと先走ったことだが、これは近代的な技術や大規模な資本が必要な産業は、政府が作るしか仕方なかった面もある」と指摘。
日露戦争後に鉄道国有化が具体化したのは「日露戦争後の恐慌と軍事的要請」があり「鉄道国有化で生じた巨額の資金が、電鉄や電力業というった都市化を背景として成立した新興の分野に再投資され、急速に発達する背景となった」から、というのは面白い。そして「戦時中の国鉄は、物資の不足や激しい空襲にもかかわらず、最後まで輸送ネットワークを維持した。さらにその収益も、戦費をまかなう臨時軍事費に強制的に組み込まれるなど、国鉄は戦争遂行に大きな役割を果たした。戦時中は、大きな犠牲を払って国家に貢献したという意識が、その後の国鉄関係者の意識に長く残っていく」。


戦後国鉄の問題について「戦後の国鉄(40万人)は平時の帝国陸軍(29万人)をしのぐ規模の人員を常時抱えていた」「戦後の国鉄が政府直営から公社形態となったのはまったく占領軍の意向によるもので、日本側の事情によるものではない。なので、このときには鉄道のあるべき姿については、ほとんど議論されなかった」「二万キロの路線網と数十万の従業員を擁する巨大組織のトップに立つ総裁、と聴けば非常に立派な役職だが、実際には予算は国会承認が必要で、設備投資計画も鉄道建設審議会での審議が必要と、重要なことを決める権限は何もないポスト」「膨大な従業員を抱えながら『能率的な運営』と『公共の福祉』の両立を求められる上に、運賃も給料も自分では決めることができないということ自体に無理があった」としているのは『仕組みの問題』を明確に認識できて、わかりやすい。
また、国鉄崩壊に至る道筋の振り返りも「昭和40年代に入って鉄道に対する政治の影響力が強まっていく過程が、国鉄の経営悪化とパラレルに展開した。それは同時に、都市交通とローカル線→地域交通のあり方、新幹線→ナショナルネットワークのあり方、という21世紀の日本で大きな政治課題となる様相が出そろってくる過程でもあった。そもそも鉄道網をどう構築・維持するかということは、政治そのもの」「鉄道事業の公共性を発揮するためにこそ、国鉄改革の目的がある。その上で、将来的にも鉄道が主要な役割を果たしていく分野を①中距離都市間旅客輸送②大都市圏旅客輸送③地方主要都市における旅客輸送、に絞り込んだ」「磯崎総裁の当初の目論見とは裏腹に、生産性向上運動は、後藤新平が苦心して作り上げた『国鉄一家』意識の崩壊を加速する結果となった」「スト権ストは、ふたを開けてみれば、政府はスト権を認めない上に、トラック輸送によって大都市への物資も止まることはなく、国鉄はもはや物流の大動脈を担っていないという冷厳な事実があらわとなった。このときに『国鉄の終わり』が始まった」「スト権ストとその直後の運賃5割値上げという『暴挙』は、利用者の国鉄離れを決定的なものにした」と、適切に解説している。


新幹線についての記述も興味深い。「島秀雄は、需要が多い→線増が必要→一挙に建設するのが合理的→新線に特急・急行を集約→最新技術の列車を走らせる→広軌の高速列車を走らせる、という形で徐々に順を追って新幹線構想を提案していった」「大蔵省は、新幹線の経費が当初の倍になったことについて『国鉄に完全にだまされた』『国鉄は信頼できない』と不信感を強めた。このことは、1970年代以降に国鉄の財政状況が悪化してから、大蔵省の国鉄に対する姿勢に影響を及ぼした」「あくまでも在来線の別線と位置づけられていた従来の新幹線とは異なり、全国新幹線鉄道整備法(全幹法)にもとづいて建設される新幹線は、全国の各都市をつないで国土開発の核となるという新たな使命を与えられた」「国鉄分割民営化の大きな目的は、政治の関与を避けることにあった。しかし、全幹法という法律に基づいた新幹線網のグランドデザインと基本的な政策の枠組みは、JRと関係ないところで決められる」「整備新幹線の事業が進むことで、JRは地域輸送機関としての色彩を弱め、長距離輸送機関としての役割を強めることとなった」のあたりのストーリーを知らないと、どうにも現代が読み解けないのも間違いない。


ローカル線問題についての「特定地方交通線の廃止は、かつての日本の鉄道ネットワークのグランドデザインであった鉄道敷設法体制が、徐々に崩れていく過程」「都市圏での人口減少はまだ始まったばかりだが、地方の市町村ではすでに21世紀の初めから人口減少がかなり進んできた。地方のローカル線の沿線では、鉄道に乗る乗客が減るという以前に、そもそも住む人々が減っており、地域の課題を解決する力自体が衰えてしまっている」「地方ローカル線問題は個々の路線収支だけを考えれば良いのではなく、その地域の未来にどう向き合うのかが問われる」という指摘はそのとおりで『仕込まれた時限爆弾』をどうするか、はまさに国のあり方に関わる話。


余談ながら「1889年の東海道線全通は、1890年の初の衆議院選挙及び第一回帝国議会という画期的なイベントが控えていたから」「鉄道開業以来時刻の表記は、午前・午後で分けられていた。関門トンネル開業時のダイヤ改正の際に、24時間表記が採用され、現在までそれが続いている」のあたりは知らなかったなぁ…