世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】国末憲人「ユネスコ『無形文化遺産』」

今年2冊目読了。朝日新聞GLOBE副編集長の筆者が、生きている遺産を歩くことを通じて、文化の多様性保持について考える一冊。


世界遺産検定マイスターを保有していても、実は無形文化遺産については深く知らなかったので、ちょうど勉強する機会になった。実際の事例を挙げながら課題を指摘していく書き方なのでわかりやすいが、そもそも世界遺産との対比が強めなので、世界遺産の制度や成り立ちを知らないとちょっとしんどいかもしれない。  


無形文化遺産は、世界遺産と異なり、いまいち評価が不明確だ。そこに焦点を当て、「大枠で見ると、『コミュニティーの伝統』となるものが無形文化遺産と認められ、そうでないと認められない」「ユネスコ無形文化遺産は『優れているから登録されている』わけではない」「世界遺産が優等生ばかりを集めた特別選抜クラスなら、無形文化遺産はできる子できない子が一緒になった普通クラス」「無形文化遺産は、プロ化した芸能より、コミュニティーに根差した芸能を重視する。無形文化遺産が過剰なほどコミュニティーにこだわる背景には、それまでコミュニティーをないがしろにしてきたことへの反省がある」と、その定義を述べてくれるのは理解の助けになる。
また、「無形文化遺産を巡る旅は、コミュニティーを巡る旅であり、その多様性を確かめる旅でもある。それはまた、世界を席巻するグローバル化の実態を見る旅ともなる」と言われると、やはり訪れてみたくなるのが人情というもの。


ところが、無形文化遺産も難点はある。構造的に「ナショナリズムは、文化や伝統ともともと相性がいい。政治的な思惑を抱くのは国家ばかりでない。国の内部でも、様々な政治的目的のために文化が利用される。多少皮肉なことだが、利用されることでその文化が栄える場合も少なくない」「国内の民族コミュニティーが、独立しかねないアイデンティティーと力を持っている場合、国家とコミュニティーの関係は極めて緊迫している。コミュニティーアイデンティティーを安易に認めると、それが国家の崩壊につながりかねない」という危険性を秘めているのは如何ともしがたい。そして、無形文化遺産登録の流れについても相当な紛糾があったことは興味深い。こうしたことを知らないで、ただありがたがっても仕方ないな…


また、文化の保全についても課題は多い。「伝統の維持は図るべきだが、一方で『文化は永遠でない』と、私たちもはっきり認識した方がいい。美しいものを守るだけのために村人に不便を強いるには、無理がある」「ややこしさこそが文化の魅力だ。数字の大小で勝ち負けや上下関係が決まる経済の世界だと、すべての要素を数字に換算するグローバル化は強大な力を持つ。しかし、ひとたび文化の複雑さの前に立つと、グローバル化は必ずしも全能でない。時に文化に利用され、時に文化の発展に手を貸してしまうのである」のあたりは、本当に考えさせられる。


そんな状況を受けて、筆者の主張する「無形文化遺産の課題は、『どう継承するか』だけではない。『何を継承するか』についても、人と立場によってしばしば考えが異なる」「自らのアイデンティティーにつながる『文化』と違って、日常の『生活』は特に誇るものでもなく、後世に伝えるものでもない、と見なされてきた。ただ、こうした文化への考え方が大きく変わりつつある。日常の営みや暮らしを含めた社会そのものが文化であり、その総体を後世に伝えていくべきだ、との発想が台頭してきた」「個別にみると比較的平凡な生活慣習が、総体としてとらえることによって異なる輝きを持って立ち現れ、明確な文化として認識できる」という文化の捉え方は大事な視点だと思う。
解決は難しいものの、「様々な地で、様々な無形の文化が花開いている。その多様性は、無形の文化を支えるコミュニティーの多様性とも言える。ただ、コミュニティーは生きているだけに、永遠の存在となり得ない。常に変化し、いつかは消滅する。そのアイデンティティーである無形の文化もまた、コミュニティーとともに晩年を迎え、やがて周囲の文化に吸収される」「無形の文化は多くのコミュニティーの求心力となる」のあたりはひとつのヒントになり得るだろう。


2023年、まさに全国旅行支援第二弾の渦中にあっては「どんな文化もそうだけど、量は質を殺すのです」という記述が非常に痛い。実際、広く対応しようとすると薄まっていくのは事実だからな…