今年95冊目読了。大成建設ギャルリー・タイセイ学芸員、国立西洋美術館客員研究員の筆者が、アート・ビギナーズ・コレクションシリーズとして、近代建築の巨匠の生涯を解説する一冊。
スイスの時計工の息子として生まれた彼は「後年、彼が合理的で抽象的なデザインを目指した根底には、自然に深く接し、原理に触れ、自然の根源的な美への理解を深めることで得られた造形感覚があった」と、その才能の萌芽を辿るところから始まる。
そして、その才能は花開き、「建築言語は、鉄筋コンクリートの骨組みを用いた構造、幾何学形態、吹抜け空間をもつ大きな居間、寒く雪が多い地域にもかかわらず採光を優先した全面ガラスによる庭側の大きな開口部」「住宅を『住むための機械』と表現したのは、快適で健康的で幸せな暮らしという目的に向かって、真摯に取り組むことの必要性を説いたもの」「新しい建築の5つの要点は『ピロティ』『横長連続窓』『屋上庭園』『自由な平面(プラン)』『自由な立面(ファサード)』」「彼の都市計画は、常に『太陽・空間・緑』というキーワードで語られた」など、近代建築の巨匠としての地位をゆるぎないものとしていく。
しかし、皮肉なことに「幸福な生活の場の創造がル・コルビュジエのテーマであったのに、彼が描いた理想は、最愛の妻が望むような生活にならなかった」というのもまた事実。気難しく、予算御オーバーなどでなかなかコンペに通らないなどの歴史も、現代から振り返ると天才ならではの蹉跌とも言えよう。
実は、本名はジャン・ヌレ。「ル・コルビュジエはペンネーム。母方の親戚『コルビエール』からとられたもので、そこに『ル』をつけることで高貴な印象を与え、また人名というより普遍的な存在として認知させようと考えた。また鳥のような相貌をしていることから、コルボー(大鴉)をイメージしたのかもしれない」。
写真とイラストがふんだんに使われているので、建築をかなり立体的にイメージすることができる良書。しかし、筆者が最後に述べている通り「建築は空間です。ル・コルビュジエも建築は『地上1.6メートルにある目によって体験される』と語っています。今日では写真や動画だけでなく、三次元で空間を把握できるような媒体もありますが、やはり、その場に行って中を歩き回ったり、壁を触ったり、そこで聞こえてくる音を聞いたり、さらに周辺を歩いて建築物がそこに建ち、醸し出している空間を味わわなければ、本当に体験したとはいえないでしょう」。コロナ禍が収まったら、「現地・現物・現人」のとおり、実際にその場を訪れたいものだ。
それにしても、やはりこのシリーズは「沼」だ。本当に深すぎる世界だ…