世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】船橋洋一「原発敗戦」

今年96冊目読了。朝日新聞北京支局、ワシントン支局、アメリカ総局長を歴任した筆者が、福島原発事故の対応をつぶさに調べ、危機のリーダーシップとは?を問う一冊。


これは本当に読みごたえがある。「二度目の敗戦」と言われる原発事故対応だが、この総括が官邸でなされていないが故に、コロナ禍で「三度目の敗戦」を喫している気がする…


日本組織の陥りがちな悪癖として「日本社会の根本的な欠点を一言で言うと、新たな取り組みを嫌い、何事も前例遵守としたがる風土である。それが形式主義を生む。リスク管理はマニュアル管理に化ける。リスク管理とはリスクをいかに取るかのアート(芸)なのだが、リスクをいかに取らないかのステルス(隠し芸)となる」「自らの取り組みと試みとその仮説と理論を世界とともに人類一般の経験として登録し、新たな文明を築き上げていく意思を欠いている」「絶望を前にして希望を求め、事故が収束するように人々が願うと、どんな希望的観測でも受け入れたくなる」「戦争や震災などの非常事態を直視できない国家は負ける」を指摘する。


非常時の対応で、原発対応において本当にまずかった事については「事実の確認作業がいかにも甘い。それが積み重なってその後の状況認識と作戦行動をつまづかせた」「『離れろ』とも『残れ』とも指示しない保安院の非(避)決定にこそ、『第二の敗戦』の本質がある」「菅官邸が”グループシンク”つまり似た者同士が全員同方向に駆けだす危うさは、濃厚な同質社会的な性格を帯びる日本の場合、とりわけ大きなリスクとなりうる」「『オレの質問にだけ答えろ』とやられては、下は委縮する。リーダーは、相手からの疑問も質問も頷きながら聞く、そんな聞き上手でなければならない」「物事の本質をズバリ言うのを忌避する最大の根っこは、あくまで真実を探求する科学的精神の欠如と異論を排除するムラ意識にあるのではないか」「組織利益と既得権益が『最善のシナリオ』を必要とする」「訓練と言っても、人々は心の底では、常識的に考えてこんなことが起こるはずはないと思っている。『絶対安全神話』は人々のそうした常識をやさしくマッサージする。『絶対』は魔語である。『絶対』という言葉を使った瞬間からそれこそ『負け』なのである」「人が多ければ多いほど、提案も増え、現場が気を取られる要素が増える」「危機の時には『肩書きと役職』で仕事をしているのはダメ、マニュアルで仕事をしているのもダメ、空気を読んで動くのもダメ」と鋭く指摘する。


霞が関の官僚制の問題については「消極的権限争いをする。政治的に得点にならないこと、役所の権限にプラスにならないこと、天下りポストを減らすようなこと、面倒な仕事を押し付けられること、幹部の出世の妨げになることについては、手を挙げない、飛び出さない、目立たないようにする」「1・2年で交代するため、その多くがそのポストにいる間はタフな決定を先送りしようとする。『非決定の構図』というリスク回避システム」「課長本位制。課長によるボトム・アップ型の起案システムを取っている。上に行けば行くほどモノを自分で書かなくなる。要するに、自ら考えなくなる」「独立した視点を煙たがり、組織は誰が司ってもまわるようにしておきたい」「情報が上がらない、回らない、漏れる」と、組織内としては理屈があれど、それが国のためになっていないという事実が浮き彫りになってくる。


いわゆる1F(福島第一原発)の吉田所長については「吉田の上を欺く偽計は、危機管理の上からは問題を孕んでいる。しかし、菅直人首相は、この時の吉田の判断と行動を弁護する」「1号機の爆発の後はカツ、3号機の爆発の後は深呼吸、このあたりの吉田の現場真理の危機管理には学ぶ点が多い」と、苦しみながら戦った現場リーダーを称える記述が印象に残る。
実際に、現場レベルのリーダーにおいては「職場放棄をするわけにはいかないとき、彼らは理でなく情に訴えた。そこでモノをいったのはそれまでの仲間同士の信頼関係だった」「部下が従うリーダーの素質の第一は、リーダーが能力と自信を持っていること。そして第二に、リーダー自身が危機的状況やリスクを部下と共有する心づもりを持つこと」「指揮官が権限と責任を委任して、現場でできることは現場に責任を持ってやらせることが組織の基本で、組織の柔軟性を保つためのカギ」ということをやろうとしていたのは良いのだが、やはり官僚システムが動かない、というのは日本型組織の悪弊だなぁ…


危機対応の要諦として「インテリジェンスは情報そのものではない。それは、行動や政策にとって必要な、ある目的を成し遂げるために欠かせない情報である。ありとあらゆる情報の中から、必要な情報だけを精査し、選別し、評価することが大切になる」「『最悪のシナリオ』をつくる目的は、それを起こさせないことにある。まず、事態の『先回り』をすることで、先手を打ち、最悪に至らせないようにする。それは、”先制防御”なのである。次に、危機対応に当たって、どこが対応の『最も弱い環』なのかをあぶりだすことである。最後に、危機のさなかに『いまが最悪』となる転機をつかみ、逆転の契機をつかむことである。それは『展望』を探求するためにつくるのである」「情報がほとんどない状況では、むしろ情報を逐一追ってはならない。断片的なデータを求めることに、時間も集中力も浪費されてしまう」は、どれも納得だ。


危機対応のリーダーシップについて「危機の時、紙に書かれたプラン-マニュアルとかの類-はまず役に立たない。大切なのはプランニング、つまり、現在進行形で臨機応変、創意工夫で、取り組むこと」とし、それを育てるには「確かな道は経験を積ませること。ただ、人間がじかに経験する機会には限りがある。したがって、先人の記した記録を読み、先人の経験を自分のモノにすること。そしてチャンスをつかみ、自ら鍛錬稽古する。もう一つ。危機のリーダーシップのあり方として付け加えるべきは、危機管理の失敗も含めて調査・検証し、そこから教訓を引き出すこと」「とにかく勢いよく、大きく出る必要がある。ここぞというときに大きな力を使い、危機的状況からの転換を図ることが必要」「一体感とチームワークを維持し続ける」「渦中に入って疲れれば疲れるほど正しい判断が出来なくなる。平時は『一人二役』を期待して指導せざるを得ないが、ひとたび災害や戦いが起これば『二人一役』になる」「変化する現実の中で、仮説をつくっては検証する、を繰り返すほかない」「レトリックの能力が非常に重要。理性的で論理的なアプローチも必要だが、もう一つ、感情表現というアプローチもある。人に希望を与え、鼓舞し、共感や感動を吐き出す」は、非常に勉強になる。


筆者が指摘する「どこの誰が、どの組織のどこが、どういう状況の下、構造の中、どのような判断と計算によって取った行動が、どのような結果をもたらしたのか。そこを1つ1つ、科学的に調査・検証することが不可欠である。その解を国民文化に丸ごと投げ込んではならない」「危機を検証し教訓として学んで、歴史としてそれを残していく」「本物の国家的危機に見えたとき、人が最後に手を伸ばす、蜘蛛の糸の先にあるものは民族の歴史」ということができていなかった(少なくとも国民レベルの合意になっていなかった)ためのコロナ敗戦。四度目の敗戦をしないためにも、ぜひ、一読をお薦めしたい。