世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】木村泰司「おしゃべりな名画」

今年20冊目読了。西洋美術史家の筆者が、1枚の絵に秘められた時代背景や作者の人生、作品のメッセージなどの物語を読み解き、絵画の世界を広げる一冊。


この人の本は、語り口は軽妙ながら、深い美術への造詣と愛情が相俟っていて、とても面白い。「芸術を目指す道は苦難な道であって、楽しい趣味の範疇の話ではないのだ。西洋美術史を振り返ってみると、芸術家であろうとした過去の巨匠たちの人生は、決して容易ではなかった」「本人が努力をまったくしないまま、今まで誰が願ったことを成し得てきたであろうか?洋の東西を問わず、そしていつの時代においても、自分の夢や希望を達成させるには本人の努力や生きる姿勢が大切であることに変わりがない。そしてそこにプラスして、その人が持っている運や人間関係の縁、そしてご先祖様のご加護といった個人の意思を通り越した様々な要素が味方してくれるのであろう」というコメントに、その想いがあふれている。


この本の利点は、楽しみながら西洋美術についての知見も深められるところ。「歴史画とは、聖書や古典文学、そして古代史や寓意を主題としたもの。歴史画の中でも、画家自身や鑑賞者にも『解読』するために教養を必要とされる寓意画が最も高貴とされていた。そして次に格が高いとされたのが肖像画で、その下に順に風俗画、風景画、静物画となったのである」「17世紀のオランダ風俗画が表面的に描いていることに騙されてはいけない。例えば一見何気なく楽器を奏でているように見えても、それは姦淫に対する戒めであることが多い。また、掃除をしているだけの退屈そうな場面だとしても、それは女性のあるべき姿を推奨しているのである」「17世紀オランダの画家は職業画家であり、お客様相手の人気商売である。したがって、流行にも敏感でなくてはならなかった」「貴族には経済的にも精神的にも時間的にも余裕があったからこそ、恋愛のことしか考えなくてもよかったのだ。ロココ絵画のテーマの多くが、恋愛や男女の戯れにあることがご理解いただけよう」「印象派はフランス古典主義に対する反動で、フランスの美術界にスキャンダラスに登場した前衛的で革新的な美術運動だった」など、勉強になる。


また、「西洋美術において、伝統的に『絵画は観るものではなく読むもの』であり、自分勝手な深読みをすることは禁物」「割り勘は、英語でダッチ・アカウント。これは17世紀後半に3回にわたって起きた英蘭戦争に起因するようだ。イギリス人における反オランダ感情から来た言い廻しであるという。交互に勘定を支払うイギリス人気質から見れば、オランダ人の合理的な割り勘はケチ臭く感じたのだろう」「自らを『ボヘミアン的な芸術家』としてセルフ・プロデュースしたゴーギャンこそが、現代の映画やテレビで演出される『変人タイプ』の画家第一号であり、原型となった」は、おもわずヘェーと唸らされる。


筆者は海外生活が長いため「欧米では社交の席での美術の話は、踏み絵みたいなものである。その発言や答えによって、当人の様々な背景(社会的背景、受けてきた教育、友人関係など)がさらけ出されてしまうからだ。好きな画家を聞かれた場合、印象派の画家よりもオールド・マスターか、いっそ現代美術の巨匠を挙げたほうが、相手が抱くイメージがよいのは確か。そのため、日本における印象派のあまりの人気ぶりに対して、欧米の人達が不思議に思って仕方がない」「芸術家と職人、芸術品と工芸品の境界が曖昧な状態は日本だけの特殊事情といってよく、欧米では通用しない」のように、日本人が気づかない点を指摘しているのも面白い。


ところどころに筆者のアクの強さは出るものの、基本的には非常に読みやすい文体で、美術の素人にもわかりやすく楽しめる。