世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】ポール・ケネディ「第二次大戦 陰の主役」

今年15冊目読了。イェール大学国際安全保障研究所所長の筆者が、組織内部の現場に焦点をあわせ、その活躍と技術革新、戦略思想の変遷を描いた大戦史。


歴史家は、とかくトップリーダーの決断・行動を重視し、そこに焦点を合わせて歴史を読み解こうとするが、筆者のアプローチが実に興味深い。原題は「Engineers of Victory」であり、序文で「本書は、1943年のはじめから1944年半ばにかけて急転した戦略、作戦・運用、先述の物語なのだ」と明記していることからも窺い知れる。訳者も「国家であろうと軍であろうと、巨大組織が『大戦略』を実行するには、トップと中間層と現場のそれぞれの働きすべてが重要になる。その中間層のたゆまぬ努力や工夫が大きな戦いの勝機を動かしてゆく流れを描いている」と触れている。


そして、何か特別な要素一つが勝敗を分けた、と断ずることなく、緻密に様々な要素に言及しながら連合国が枢軸国を逆転していく流れを紐解いていく様は、見事だ。


第二次大戦で、技術革新などによって顕著になった航空戦力については、後知恵に陥ることなく「航空戦力論者は、未来に目を向けるしかなかった。過去に例はなく、人間が新たに見出した空を飛ぶ能力が、戦争に革命的な影響を及ぼす可能性があることが、いくつかの手掛かりからわかっていただけだ。だから、航空戦力論者は、実験の必要を感じていた」と指摘。そのうえで「第二次世界大戦では、”海の航空戦力”という現象がどこでも見られたせいで、あたりまえのこととして軽んじられる傾向がある。しかし、そのことは第二次世界大戦全体を通じ、きわめて重要で新奇な特徴だった」「航空戦力がないと、たとえ潜水艦でも制海権を握るのは難しい-いや、不可能だ」「航空戦の作戦上の要諦-地形、目標選定、人間と飛行機をきちんと分析評価すること-は、少しも変わらない」「なによりも貴重な情報源は、空中偵察だった。堅実で、厳密で、客観的だったからだ」と、その優位性を分析する。


また、水陸両用作戦においては「まず、陸地に立てこもる敵に対する侵攻を行うには、特化された部隊と特殊な兵器が必要だ。また、各軍種間の敵愾心を打ち消して、ある種の統合司令部を創らなければならない。上陸に参加する軍隊がいかに高度の技術を持っていて統合されていても、距離、地形、接近のしやすさ、そのときの気象状況の影響を受ける」「大規模で複雑な上陸作戦はさまざまな要素から成るオーケストラで、指揮者がいなければならない-それはチャーチルルーズベルトや連合軍参謀総長や、ひとつの軍種の有力な最高司令官であってはならない。それにはもっと違う逸材-組織化、立案、問題解決の達人が必要とされる」などをノルマンディー上陸作戦を軸に描き出す。


第二次大戦を描くには、チャーチルルーズベルトスターリンヒトラームッソリーニなどの動きにばかり着目されがちだが、筆者は「効率的で信頼できる組織を築くことが先決で、そこを中心に他の物事が動き出す」「勝利をものにしたのは、暗号を巧みに解読できた側ではなく、もっとも賢く強力な兵器を持った側だった」「巨大な生産力は、たくみに手綱をさばいて資源を正しいところに配分しないと、戦時には威力を発揮しない。だれかが-実験を自由にやれるどこかの組織や集団が-解決策を編み出し、それを実践する必要があるのだ」「組織の長がいくら天才的で精力がみなぎっていても、ひとりでやれることではない。支援機構、奨励の文化、、情報と報告の効率的な循環、失敗から学ぶ許容性、物事をやり遂げる能力がなければならない。それをすべて、敵よりも優れたやり方でやらなければならない。それが戦争に勝つすべだ」と、リーダーのみに着目せず、いわば『現場力』というべきものにも目配りをした定義を編み出す。


他の歴史家でも考えそうな「数はたしかに重要だが、数量だけでは勝利は導けない。勝利を収めるには、組織と質というふたつの重要要素を加味する必要がある。そのふたつがなかったら、上層部の人間が下す戦略指令は、なんの意味もなさない」「戦訓というものは、学ぼうとしなければ役に立たない」のあたりは一般的に導き出されるところである。
しかし、「生産量の差異は、ふたつの変動する要因の影響を受ける可能性があり、じっさいそれにかなり左右されていた。一つは地理という要因(と、それを指導者や参謀や設計者がどれほど重視するか)だが、もうひとつは、戦争を遂行するシステムを創りあげることだ。そこには、フィードバック・ループ、柔軟性、過ちから学ぶ姿勢、(すぐに対応することを)”奨励する文化”などの優れた要素が含まれていなければならない。それがあってはじめて、この苦しい戦争に携わる中間層の人びとが、自由に実験し、着想や意見を口にして、旧来の組織の垣根を取り払うことができる」という指摘は、ピーター・センゲ「学習する組織」とシンクロするものであり、非常に興味深い。


そして、日本人としては、旧日本軍への分析は気になるところだが「大きな変革をもたらすのは、上層部の人間だ。指導者や統率力にはそれぞれ、流儀による著しい違いがある。この点で日本は最悪だった。国家元首である天皇は重大な戦略的意思決定から外され、陸軍と海軍に権限が移譲された。陸軍も海軍も(1943年4月に山本五十六が遭難してからは)因循さが前面に出て、内輪でかばい合い、太平洋で開始されたアメリカの創意に満ちた反攻に対処する能力がなかった」「芯テクノロジーはどこかに糸口がなければならない。そのどこかとは、問題解決にいそしむことを容認する余地、つまり軍や政治の文化だろう。この点で、不可解なことに日本の成績はどうしようもないくらいお粗末だった。零戦、赤城型空母、大和型戦艦のようなすばらしい兵器システムは、おおむね1930年代後半の着想と設計が基本だった。その後、新機軸を切り開く日本の能力は、ガタ落ちになったようだった。原子爆弾どころか、ランカスター、マスタング、ウォーカーの恐るべき対Uボート戦隊、小型レーダー、暗号解読機に匹敵するものはその後ほとんど生まれていない」と、滅多切り。まるで、マリアナ沖海戦を筆で行われているがごとくハチの巣にされているという事実は、しっかりと受け止める必要があろう。なぜなら、日本の組織は、概ね戦時体制からそのまま55年体制に移行し、その残滓を引きずり続けて令和にまでなだれ込んでしまっているので。


教訓に満ちた一冊だが、コロナ禍で世の中が大きく動転している2021年においては「個性が強く独特の考え方をする人物に対しては、偏見を抱きがちだ。…われわれは戦時にあり、生命を賭して戦っている。その職歴を通じて一度も論争を引き起こさなかったような人間のみを、陸軍が幹部に任命するようなことを、看過している余裕はない」「問題を解決する人々の作業には、”奨励の文化”という後押しが必要だということも、まったく理解されていない」のあたりの警句をしっかりと受け止めたい。


ガッツリ重厚な記述で、かつ過去の戦争・戦場の名前が当然のごとくバンバン登場するので、戦史にある程度の興味がないと読みこなせないと思うが、それだけの価値がある一冊だ。