世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】辻賢三、安藤孝一、関根理恵「国宝 精選 工芸品・考古資料」

今年14冊目読了。東京藝術大学大学院美術研究科教授、大正大学名誉教授、東京藝術大学大学院非常勤講師の筆者が、128件の国宝を紹介するという一冊。


「国宝は、制作の観点から見て、特に技術が優れているおの、または歴史的学術的芸術的に価値が高いものである。国宝は、重要文化財の中でも、特に世界文化の見地からも価値の高いものであり、日本の歴史や文化を代表するものである。言うなれば類まれなる国民の宝である」という序文の言葉には大いに賛成するものの、あまりにも専門的・詳細な記述が多すぎて、せっかくの国宝の個別紹介が魅力的に伝わってこない。国宝は、その歴史的経緯、価値が認められる部分など、面白い逸話があるものだが、専門家が知識をこねくり回しているようにしか思えない。


筆者は「ぜひ、この本をご活用いただき国宝に親しんでいただきたい」「基礎的なことを理解できるように配慮し、また、興味が拡がるようにユニークな独自の視点を織り交ぜている」と記載しているが、どうにも肯んじ得ないというのが正直な感想。


図書館にあったから借りてきたが、かなり期待外れ。定価は3,500円(!)もするし、まぁ、読むのはお薦めできないな…

【読了】牧野邦明「経済学者たちの日米開戦」

今年13冊目読了。摂南大学経済学部准教授の筆者が、太平洋戦争に突入していった日本の意思決定について、昭和15年から17年にかけて活動した陸軍省戦争経済研究班、通称「秋丸機関」が作成した幻の報告書の謎を解いていこうという一冊。


この機関が置かれたのは「昭和12年日中戦争勃発後、日本では蒋介石の国民政府を支援していると考えられたイギリスに対する反感が強まり、また日本が『日満支経済ブロック』の確立を目指して中国中部から南部に支配地域を拡大していくことによって、香港や上海におけるイギリスの経済活動は大きな打撃を受け、日英関係は一層悪化していく」という流れの結果「イギリスとの関係悪化は、アメリカ合衆国と日本との関係悪化につながり、太平洋戦争を引き起こすことになる」となりつつある流れの中であった。秋丸機関は、中心人物である秋丸次朗の経歴から「いわば『陸軍版満鉄調査部』であった」となり、その考え方は「経済戦の真髄は武力戦と同様に『敵を知り己を知れば百戦殆うからず』」「そのためには彼我の戦争経済=経済戦力を測定し、その優劣を比較することから始めなければならない」「統計学者の確保が何より急務であった」と、非常に合理的である。


では、その分析結果はどのようなものだったか。「ドイツとイタリア、特にドイツの経済抗戦力がどれくらいの大きさなのかによってイギリスが降伏するかしないかが決まる」「独ソ戦が短期で終わればドイツは対英米に長期にわたって対抗でき、英本土攻撃も可能になるが、独ソ戦が長期に渡ればドイツは経済抗戦力を消耗して昭和17年度からは抗戦力が低下していく(つまりドイツは最終的に勝利することは出来ない)」というもので、日本についても「これから戦争をしようとする英米と日本の間で巨大な経済格差があり日本が長期戦を戦うことは難しい、というのはわざわざ調査するまでもない『常識』であり、一般の人びとにも英米と日本の国力の隔絶は数字で公表されていた」というのだから、『じゃ、なんで戦争に突入したんだよ』と言いたくなる。もちろん、「秋丸機関の研究は基本的には軍務局の意向に沿うものであった」「北進すれば作戦がうまく進捗するかどうかにかかわらず『消耗戦争』になるため、結局資源を確保するためにより困難な状況で南進をせざるを得なくなる」というのはわかるのだが、いみじくも「昭和16年末の大平洋戦争開戦まで陸軍は何度も国力判断を行っているが、それは日本に国力が無いことを良く知った上で何とか打開策を探そうとする陸軍の焦りの表れでもあった」と指摘されるとおり、無理があったわけだし…


そこへの読み解きが、なかなか秀逸だ。「『経済力の格差が大きい』『長期戦になれば敗北する』というのは当時自明なことだったので、それを指摘しても逆に『だからこそ戦争により資源を確保しなければならない』というロジックに回収されてしまい、戦争回避の意味を持ちにくかった」と「人間は損失を被る場合にはリスク追求的な行動を取る」といプロスペクト理論を使って説明されると、納得性が高い。だから「日本の指導者にとっては、三年後の確実な敗北よりも、国際情勢次第で結末が変化し、場合によっては日本に有利に働くかもしれない開戦のほうが『まだまし』と思えた」と言われれば、後知恵から考えることなく理解できる。
また、「日本における戦争指導は、陸軍、海軍及び政府の三鼎立の合議妥協によって律せられるのがその実相であり、ややもしれば、思想の統一と施策の決断及び一貫性とを欠如していた」中で「はっきりしない意見よりも極端ではっきりした意見の方が魅力的に思える、また、集団規範や価値に合致する議論が自然と多くなって集団成員がそれに説得されてしまう」という点も、優れた指摘と感じる。


かくて「太平洋戦争はアメリカと戦う戦争であったものの、開戦時に日本が想定していたのはイギリスを屈服させることによって間接的にアメリカと有利な講和を結ぶことであり、アメリカとの直接の『戦闘』についてはせいぜいアメリカ海軍主力が日本に近づいてきた際にそれを迎え撃つということしか考えられていなかった」「一方、陸軍は『アメリカと戦争をする(している)』ちおう意識が極めて希薄だった。陸軍の仮想敵国は第一にソ連であり、またアメリカと戦うことになったとしてもその担当は海軍と考えられていた」「ドイツにとってはソ連、日本にとってはイギリスの打倒が最も優先されるべきであり、その時点で戦争の目標が大きく異なっていた」というボロボロな戦いの始め方であれば「連合国と枢軸国との圧倒的な国力の差がある以上、それは戦略によって逆転できるものではなく、日本は開戦した以上は何をしても敗北は免れなかったと考えられる」のもむべなるかな。


結局、秋丸機関は「『対英米開戦』の回避に役立ったとは残念ながら言えないが、日本がより悲惨な状態になったことは間違いない『対英米ソ開戦』の回避には役に立ったのかもしれない」という評価になってしまう。では、どうすればよかったのか。「日本の経済学者が『日英米開戦』の回避に貢献できたとすれば、日本とアメリカの経済格差という『ネガティブな現実』を指摘することではなく、『ポジティブなプラン』を経済学を用いて効果的に説明することだっただろう。『ドイツの国力は現在が限界なので数年でソ連英米に挟撃されて敗北する、その後は英米ソ連の対立が起きるのでそれを利用すべきだ』とエビデンスを踏まえてヴィジョンを示せれば、『臥薪嘗胆論』に説得力が増し、『日英米開戦』は回避された可能性がある」は、なるほどなぁと唸らされる。


「現在の社会において『エビデンスとヴィジョン、そしてレトリックを使って、より良い選択をするためにはどうすればよいか』を考える機会となれば幸い」という筆者の結びの言葉は、コロナ禍に苦しむ2021年の日本にとっても大事な警句である。これは、読みごたえがあり、面白かった。

【読了】森信雄「あっと驚く三手詰」

今年12冊目読了。詰将棋次の一手の創作に定評のあるプロ将棋棋士が、詰将棋としては入門レベルの三手詰ながらも、どれも想定外の手順で詰ませる難問200題を掲載した一冊。


詰将棋とは、いわばパズルのようなものでもあり、普通はこれを「読書」とは言わないだろう。だが、この本は一味違う。筆者とのメッセージをやり取りするような中身、奇想天外な詰ませ方、そして解答に記載された筆者のこだわり、意図。これは、立派に読書と言えるだろう、と感じた。


筆者が「棋力アップよりも、個性ある駒の動きの不思議さユニークさ、そして詰みの迷路の楽しさを味わっていただけたら」と書いているとおり、これがただちに実践的とは感じないし、初心者が手筋を覚えるにはあまりにも…という感じである。そして、「作者からの注文は、解いた後に答えを確認してほしいこと、一作一作のねらいを見破ってほしいことの2つ」とあるとおり、出題者の意図を探るのが、またなかなか頭のトレーニングになる。


正直、「三手詰くらいは解ける、五手詰までならいける」というレベルで読んでみたが、これが面食らうばかりに解けない。少し慣れてくると、まさに出題者の意図が少しずつ読めてきて、解けるようになってきたが、それでも全体の4割が解けたかどうか。
でも、これって、仕事で「上司の意図を読む」としてやっていることとよく似ている気がする。上司(この場合は出題者)の考え方って、最初はわからなくても、その癖や偏りを見抜けばだんだん読み解くことができるようになるし、慣れてきた後で「あ、そうか!そっちか!」と歯噛みするような感覚は、この本とビジネスでの実務の相似形のようだ。
また、自分自身もメンバーに指示をする際に「意図を込めて、あえて問う」ということをちょいちょいやるのだが、まさにこの本の解答で書かれているようなイメージだ。「ワナを仕掛けていたりするので、解けたと思っても解答を確認されたし」「しがみつかないで手を放せば道は開ける」「思考回路が同じなので、つい出来てしまう」「思わず自分でうまく出来ているなと感心してしまう」などは、ああ、それ、自分もやっているなぁ、とどこか見透かされた気持ちになる(←詰将棋を解いているだけなのに)。


そして、解いているとだんだん出題者の作意が見えるようになってくる。「私はどうも地味な働き、些細な効果が好きなようである」「表の筋より裏の筋をひねり出すのが、私のクセである」「駒がそっぽに行くのは、へそ曲がりな私の性に合うのだろう」「簡単でもいいから、トリックの味が出ているのがよい。自分勝手にそう思う」のあたりのコメントに思わず納得したり。「長所に見えるところが短所。これは人間にも通じるものがある」は、いつの間にか詰将棋が人生哲学になっている。


よくもまぁこれだけ奇抜な問題を創作したものだ、と感嘆するが、発想をするということについても「毎日数題ずつ作っていったのだが、素材の着想が浮かばない日もあった。それでも強引に駒をいじっていると、ふとできるのだ。」「小さな感動が発想の出発点である」「知恵をしぼり、答えをひねり出すのは結構面白いもの」「単調ではあるが、ねらいが明確な作ほど作るのも楽しい」などのヒントがあり、学ばせてもらえる。


…なんだかビジネス書の解説のようになってしまったが、実際はとても面白い詰将棋の本。ただ、「駒の動かし方がわかる」程度だと本当に厳しいし、「将棋が強くなりたい」という人には向いていない。だが、「三手詰くらいは解けるさ」というレベルであれば、本当に楽しめる。Facebookで先輩がお薦めしてくれていた本が図書館になく、類本を借りたら絶妙に面白かった。

【読了】中尾隆一郎「自分で考えて動く社員が育つOJTマネジメント」

今年11冊目読了。株式会社中尾マネジメント研究所代表取締役社長にして、リクルートグループで数々のマネジメントを行ってきた筆者が、1on1、グループコーチング、AIツールを活用した最新型のOJTの手法を徹底解説する一冊。


学びを同じくする畏友が薦めてくれたので読んでみたが、これはなるほど洞察が深く、かつ実践的だ。


最新型G-POPマネジメントというものを提唱されると身構えてしまうが「イケてる現場のリーダーがやっているOJTを、便利なITツールやテクノロジーを活用することでいろいろな職場で活用できるようにしたメソッド」と言われると、少しハードルが下がる。


現在のOJTの問題は「計画的でないため、現場で何をしているか分からない」。その進化版として、マネジャーが部下の育成を目的として行う個人面談である1on1については「時間問題、相性問題、能力問題、形骸化問題がある」と指摘する。また、集合研修についても「受講者は一律でないのに、一律のコンテンツを習得させる。また、効果が不明確」と、その違和感を突く。


職場リーダーには、歩き回りながら声をかけていくウォークアラウンドを薦める。「①現状把握:定期的に職場で起こっている変化を把握する②解釈:様々な事実・経験・勘を組み合わせて解釈する③介入:変化が起きている人に対して声をかける」は、言葉は違えど、自身でも意識していることであり、納得性が高い。また、メンバーの段取り力を高めるには「①仕事を依頼する②30分間メンバーに仕事の段取りを考えてもらう③30分後にメンバーと仕事の段取りを確認する(30分間)④最後にアドバイス・指示を行う」は、まったく意識もしなければやったこともないので、取り組んでみたい。
さらに、グループコーチングとして「①瞑想で心をフラットにする②チェックインで、『24時間以内にあったありがたい話』をすることで場をポジティブにする③G-POPフォーマットに記入すること自体でセルフコーチングをする④それぞれのメンバーが状況報告し、すべての参加者が平等に話を聞いてもらう機会を作る⑤それに対してメンバーが感じたことを共有し、『感想の交換』を行い、感じたことを率直に話せる⑥チェックアウトで感謝と気付きを伝えることができる」とする。これは最前線ではなかなか難しいが、手法として頭の片隅に置いておきたい。


G-POPマネジメントとは何か。ハイパフォーマーの仕事の「①常にGoal(ゴール)を意識し②Pre(事前準備)に時間を使い③現場で相互アドバイスしながら機敏にOn(実行・修正)し④実行後のPost(振り返り)から学び、成功の再現性を高める」からきている。「成果が出る人と出ない人の差は『成果が出る仕事の進め方』が『習慣』になっているかどうか。組織も同じ」との主張は、なるほど納得だ。


自律自転する組織の条件「①現場の見える化ナレッジマネジメント③メンバーの特徴把握④メンバーの『仕事の進め方のスキルアップ』実現⑤(結果として)最適な人材発掘、人材配置、人材育成、人災採用の実行」であったり、タスクがうまくいかなかったときの観点として挙げる「①時間の見積もりの仕方を変える②視点を変える③視座を高める」は、わかりやすい。


最後のほうのAIを使った技法については、正直、体感を伴わないので何とも言えない。が、「ゴールに関連する業務をすればするほど、そのゴールに近づくはず。ところが、常日頃、ゴールを意識せずに目の前の仕事だけに集中している人が少なくない」「本人たちがやりたいことをやっているときに、最大の成果が出る」「『弱み』や『悪さ』を指摘しても、その人が変わることはきわめて稀。本当の意味で『変わる』のは、その人自身が『変わりたい』と思った時だけ」「振り返りを仕組み化している人・組織、つまり『学習する人・組織』こそが、進化しやすい人・組織」などの指摘は非常に共感できるし、それが明確に言語化されているのがありがたい。


畏友が薦めてくれただけあって、本当に参考にできそうだ。ぜひ、一読をお薦めしたい。

【読了】ダン・アリエリー、富永朋信「幸せをつかむ戦略」

今年10冊目読了。Preffered Networks執行役員・最高マーケティング責任者の筆者が、行動経済学をビジネスや政策課題に応用するデューク大学教授に、人間の幸せの源泉と職場のモチベーションについてたずねた一冊。


「所得や学歴よりも『自己決定』が幸福感に強い影響を与えている」「オートノミー(自主性)や多感覚体験(手触りや重み、選ぶプロセスや偶然の出会い)、消費の象徴的意味(小売店を支える)が大事なので、アマゾンではなく本屋に行く」


人間関係が難しい理由は「ものには『適応』できるが、人間は働きかけてくるので難しい」とし、「幸せな人間関係には『区切り』が必要。理由は、私たちが自己を違う形で定義するのを許すこと、環境が変わった時には行動を変えるのが簡単であることから」「カップルがうまくいくには、自分の期待値を下げることが1つ、もうひとつは、カップルが常に一緒にいることによって、互いを激怒させる可能性があることが多々あることを理解する。離れている時間があるからこそ、互いを恋しく思えるのであり、相手を恋しく思わなくなったとすれば、一緒にいる時間を減らす必要がある」と述べる。


現代の人間関係については「ソーシャルメディアは偽の世界観で、基準ではない」「自分自身の基準を持つには、どんな基準を持つか自分で選ぶ。もう一つの方法は、大好きな人たちともっと正直でオープンな議論をする」ことを理解すべきとし「私たちが知識経済へ移行するにしたがって、個人の裁量に任されることが増えていくということを、もっと深く理解する必要がある」と述べる。


幸福と意欲、意味については「やりがいのある幸福のためには、達成可能な目標、ゴールまで行く筋道を知っている、自分の主体性がある、ということが必要」「意味というものは他人の効用を良い意味で自分自身の効用に組み込むことから生じる」「私たちは良かれあしかれ、実際の消費と一緒に意味も消費する」「人をやる気にさせるには、まず、自分がクビにならないためにやるい最低限の仕事と、仕事に心から燃えていたらできる最大限のギャップである善意。もう一つは、やりがいのある幸福のためのモチベーションの複雑性がカギになる」


仕事をする上において陥りがちなのは「怠惰な嘘つきが生産ラインで怠けるのを防ぐ手順はたくさんあるが、実はそうした手順は本当に優れた人材が活躍することも防いでしまう」「信頼の欠如はモチベーションの代償を伴う」とし、「人が活躍するのは互恵関係にあると感じるとき、信頼されていると感じ、自主性を感じるとき」である。
よって、「(1)高い成果を出している人には、インセンティブとしての達成給はワークしない(2)低い成果に甘んじている人には達成給が効く」「官僚主義はモチベーションの敵である」から「結果ではなく過程に報いる」「従業員と経営陣の間にも公平さ実感を持たせる」ことを大事にすべきとする。


自分自身がどう幸せを追求するか、について述べた「自分の力が及ぶことと、及ばないことを区別する必要がある。大事なのは、自分の力が及ぶことだけに集中し、それだけを心配する」は、二ーバーの祈り「神よ 変えられるものを変える勇気を与えたまえ 変えられないものを受け入れる穏やかさを与えたまえ そして 変えられるものと変えられないものを区別する賢さを与えたまえ」を思い出させる。


人間の特性としては「一部の人を取り出し、自分の共同体から切り離し、人間らしくない存在と看做す傾向がある」「努力に値段をつける本能がある」「人間は自分が善人だと思い込もうとしながら、時折、悪いことをしてしまう。善行は目立たないけれど、悪い行いは本質を明らかにする」「『この10年でどれくらい変わりましたか』と人に聞くと、たいてい『すごく変わった』という答えが返ってくる。ところが、『今後10年でどれくらい変わると思いますか』と聞くと『あまり変わらない』という答えが返ってくる。実際にどうなるかと言えば、かなり変わるかもしれない」のあたりは、確かになぁと納得させられる。


かなり興味深い内容が多く、非常に参考になる。納得性も高いし、対談方式で読みやすいので、一読をお薦めしたい。

【読了】上原善広「被差別のグルメ」

今年9冊目読了。自ら被差別部落出身であることを明言しているノンフィクション作家である筆者が、異色の食文化とその背景に切り込む一冊。


Facebookで繋がっている会社の先輩が読んでいて、面白そうだと思ってコメントしたら「じゃ、あげるよ」と頂戴する、という、なかなか現代的な本の巡りで手にしたのだが、これがなかなか面白い。筆者自身の体験がもとになっているのもさることながら、独特な食文化には理由がある、という切り口が(食べてみたいとは思わないが)興味深い。


今は人口に膾炙した言いかたであるソウルフードについては「簡単に言えば、人から『差別される料理』のこと」「特徴としては①他所者を寄せ付けない独特な風味と味②高タンパク、高カロリー③一般地区では食べない食材の利用」と大胆に定義する。


「古い伝統に則った食物は、幼いころから食べていないと食べにくい。だから現代風にアレンジしたものの方が、一般的にはおいしく食べられる」というのが納得いくほど、独特な料理(≒文化)を紹介している。「アクの強い、食べにくい食材を手軽に食べやすくする方法は、とにかく油で揚げることだ」「少なくとも主食としては、コメを頂点として、ソテツは最下位に置かれている。本土はもちろん、粟国島沖縄本島からも見下されてきたのは間違いない」「アブラカスが一般地区では知られておらず、知っている人でも食べにくいと言われてきたのは、それが路地の料理であるという偏見と共に、その独特の風味が一般の人には食べつけない味だったからだ」「タブー意識から、焼き肉を含めた日本のホルモン料理と路地の関連が意図的、または無意識化で消し去られ、在日の食文化のみに特化して語られるようになってしまった」などは、唸らされる。


また、ホルモンの語源として、昔会社の上司に「放るもんだから」と言われたが、これに対しては「放るもんとホルモンの語呂合わせは面白いが、この説にはそれらを盛んに食べてきた路地の人びとと朝鮮人、ひいては在日に対する無意識化の蔑視を感じる。路地や在日の人は決して、捨ててあったものを食べていたわけではない。ルーツとして正しいのは、医学用語から取った」「オロチョンという聞き慣れない言葉は、どこか異国情緒を感じさせる。北海道ラーメンのブームのときに、定着したのだろう。しかし現在、北方少数民族のことをオロチョンと呼ぶのは蔑称にあたる」などは、知らないということの怖さを思わされる。


全体を通して、筆者の「食と文化」という考え方はかなり強烈である。「善悪で語れない、複雑に絡み合った日本社会を捉える視点として、『食事』は一つの糸口になる」「言語と同じように、いったん失われたものを復活させることも意外と難しい。食事もまた、手とり足とりして伝える口承文化の一形態といえるからだ」「身体と精神を分けて考えられないように、食もまた、味と精神性を切り離すことはできない。精神性の弱い料理はいくらおいしくても、どこか寂しく、うら哀しい。そして食後感は虚しくなる」などは、そこまで言うか!?というくらいの迫力がある(これは通読してみないと伝わらないと思う)。


文中に出てくる「食っていうのは、命そのものでしょう」という言葉をかみしめ、「いただきます」の一言をしっかりと言ってから食事をしたくなる。そんな不思議な一冊だ。まさに筆者が述べる「ソウルフード」のように独特の味わいがあり、繰り返し読む気力がわくかというと微妙だが、後を引く読後感がある。面白かった。

【読了】金井壽宏、岸良裕司「過剰管理の処方箋」

今年8冊目読了。神戸大学大学院経営学研究科教授と、ゴールドラットコンサルティング・ディレクターの筆者が協力し、「自然にみんながやる気になる、過剰管理への対応」を理論と実務から解説していく一冊。


畏敬する先達がFacebookでシェアされていたので読んでみたが、これが読みやすくてかつ重厚な中身、という非情に優れモノ。イラストも絶妙で、理解を助けてくれる。


「プロジェクションとは未来に向けて企てをすること」で、「特徴は、第一に目標がわかりやすいこと、第二にメンバー構成が目標に合致している、第三に有期限である」ため、メンバーが一皮むけやすいにも関わらず「プロジェクトが始まってしばらくしたらすると、現場は①理不尽な要求に対応する苦労②予期せぬ問題に対処する苦労③納期を守る苦労、の三重苦にまみれていく」「計画段階で『萎えるやる気』、実行段階で『失せるやりがい』、振り返り段階で『抜けるはりあい』という出口のないトンネル」と、あるあるな状況を説明したうえで「プロジェクトを考えるにあたっては、『タスクを行うのはひとである』という当たり前の現実をあらためて虚心に眺める必要がある」「段取りはプロジェクトの成功の8割を握っている」と、その急所を突く。


理論、実践の両面からの観察が、矛盾をうまく浮き彫りにしている。「よく現場で耳にするのは2つの大きな問題だ。1つは会議や報告書が多すぎるということ。もう1つはコミュニケーションが不足していること。膨大な時間を報告書や会議に費やしているにもかかわらず、本当に必要なコミュニケーションが不足しているという。それはとても不思議なことだ」「一見対立している『管理する』と『現場に任せる』は、それぞれの本当の隠された思いは『ちゃんとアクションを進める』という要望と『現場がやる気になる』という要望からきている」のあたりは、なるほど納得だ。


過剰管理への処方箋としては「①ワクワクする目標を共有すべし②成功までの道のりを共有すべし③責任感を共有し、チームワークで活動すべし④手遅れになる前にお互いに助け合うべし」と平凡な原則を挙げつつも「大切なのは、当たり前のことを精神論ではなく、納得感と共感をもって、自然に無理なく行動に移せること」「うわべの結果を見るのではなく、それがどうやって起こっているかという因果関係のつながりを把握し、それを理解したうえで、本質に取り組め」と斬り込む。


また、上司の心構えとして「例外が生じた時以外は、任せておくという姿勢を管理者がくずさなければ、過剰管理を防ぐことができる」「管理は、本来、目標を達成するために行うべきものだ。それならば、ちゃんとアクションが進められ、目標に向かって進んでいる限り、現場に任せても問題はない」「上司は部下に任せたからといって放任にするのではなく、要望はちゃんと追求する。また、任せる前にはミッションをきちんと伝え、仕事に込められた思いや志を部下に理解してもらって、使命感をもって取り組んでもらう。この2つが丁寧に行われてこそ、『任せて任せず』は成り立つ」あたりは、非常に耳が痛い。留意せねば、と恥じ入るばかりだ。


「心配は悪意から生じるのではなく、善意から生まれる」「頭を使って疲れても、その疲れは良質で、持ち越さないし、たまっていかないが、人間関係にかかわる疲れは、つい蓄積しがちで、割り切ることが難しいので、持ち越してしこりをためてしまう」「達成動機が喚起されやすい状況とは、課題の困難度、あるいはリスクが中程度(つまり成功・失敗の確率が五分五分くらい)の状態」あたりは、納得できる。


「管理職」と呼ばれる立場にある人は、絶対に参考になる一冊。プロジェクトをやたらと組むのは好きではないのだが、その効用をしっかり理解して使えばパンチ力がある、というのも認識を新たにできた。理論と実践、双方に目配りできているのも素晴らしい。お薦めの一冊だ。