世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】尹雄大「聞くこと、話すこと。」

今年10冊目読了。テレビ制作会社を経てライターになった筆者が、人が本当のことを口にするときはどういうときか?を考察する一冊。


とにかく洞察が深い部分が多く、すぐに活かすノウハウではなく、染み入るような深みがある。噛み締めながら読むべき本だと感じるし、一読で追われるのか?とも感じる。


言葉の罠について「多くの人が気にしている『うまく』『ちゃんと』が落とし穴だと思う。何かができないとしたら、できないだけの理由があるのだから、『うまく』『ちゃんと』を取り除いた方が自分が何につまづいているかはよく見えてくるはずだ」「技法に寄りかかってしまうと、話されたことそのものではなく解釈に基づいて話を聞いていることに次第に気づけなくなる」「言葉の使いどころを知らなければ、本領を発揮できない」という指摘はそのとおりだと感じる。
ある意味、現代の生きづらさを「私たちはいつの頃からか意味や理屈が見当たらないことに耐えられなくなっている。なんでも情報に置き換えないと不安で仕方ないからエビデンスや客観性を求める。それらをたくさん集めたら足場を固められるから自信がつくはず。そう考えはしても、それらを手にすればするほど、常に外部の意味や根拠に依存していないと落ち着かない自分になっていくので、実際にはますます自信を失っている」「慎み深さの裏側には『そうしないと罰される』ことへの恐怖が張り付いている」「聞く側にとってわかりやすい筋立てを語り手に求めるとき、ひとつの線的な物語に収斂されることのない無数の人たちの声の厚みが聞こえなくなる」という切り口で抉るところは本当に感銘を受ける。


言葉を文字面で捉えることの危険は普段から感じているが、「意味は『言っていること』であり、意味以前の心中に鳴り響く音は『言わんとしていること』。このふたつの違いに明敏であるには、意識的『集中』の聞き方では追いつけない」「互いが『あなたを知りたい』と重い、だからこそ相手に何かを率直に尋ねるとき、そこに信頼が生まれるのではないか」「『相手から相手を観る』とは、その人の話をその人の話として聞くことである。私の予見を通してではなくして」と綺麗に言語化されると圧倒される感じだ。


また、共感をもてはやす風潮も「その人が共感を望んで話していることは、必ずしも切実に聞いて欲しい願いではないのではないか。共感では届かない、もっと深いところに自覚しきれない訴えがあるのではないか」「本人は感情移入しているつもりでも、実は自分を投影しているに過ぎない。相手ではなく鏡を見ているのに等しい。そうなってしまうのは、共感することを理解だと思っているからではないか」と一刀両断。「感情移入は、自分の中にあるものと自分とは異なる相手に似たものを見つけたときの『同じだ!』という驚きと喜びがある」という『似て非なる』指摘も鋭い。


怖れという強い感情についても、深く「怖れとは、職業や地位、あるいは自分や周りがこしらえたイメージにふさわしく『こうであらねばならない』と振る舞うときに、あるいは、それらの社会的立場を失うのではないかと思うときに生じる」「私がものごとを決める。このシンプルさに立ち返るとき、人は恐怖から離れ、人生は開かれる」「不安は対峙する相手ではなく、浸りきることで決して不安そのものに自身がなれない体験を通じ、不安から離れていけるのかもしれない」と考察する。他方、「新しいことを怖れるのは本能のなせる業だ。ただし、人間は安定性と同時に好奇心、つまり不安定さを得ることに自由を見出す生き物でもある。だからこそ怖れからくるドキドキと未知へのワクワクは、身体としては胸の高まりという現象として同じでふたつは区別がつきにくい。どちらを選ぶかによって怖れか期待かの解釈は変わる」もまた事実。そうなんだよなぁ…


さらに、人が同じ事を繰り返す罠について「『どうして言われて傷ついたことを言ってしまうのか』と言っていることでその人が言わんとしているのは『言われて傷ついたからこそ言わざるを得ない必然性が私にはある』ではないだろうか」「反省が本当に反省になっているのか。切実な願いが葛藤への道に通じていないか。真摯な反省のはずが、これまでの自分を改めることには実態としてなっていなかったり、切実な願いを抱くほどに、そうはならない自分により深く苦しむというのはよくあることだ」「誰があなたに『それが正しい』と教えたのだ?」「同じ事を繰り返しながら異なる結果を求めるのは狂気の沙汰」と述べているあたりは嘆息させられる。すごい示唆に溢れているな、この本。


それ以外にも気になったのは「禁止と抑制の言葉から信頼は生まれない」「自身の身体のありようを『言葉で話す』ことができるようになると、コミュニケーションが上手にはかれるようになる。言語化にはそういう効能がある」「個別具体のものを見てそれに囚われて、善し悪しをつけるのではなく、全体を観る」のあたり。とにかく刺さる言葉が多く、さらりと読もうとすることは避けた方がいい。理解した風も、絶対に勿体ない。そんな良書だ。お薦めいただいた先達に、改めて深謝。