世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

[読了】坂井孝一「承久の乱」

今年26冊目読了。 創価大学文学部教授の筆者が、北条得宗家側からではなく後鳥羽上皇側にも立ちながら、歴史を紐解いていく一冊。


大学時代の友人(超読書家)から薦められて読んだが、なるほどこれは面白い。本郷和人承久の乱」よりも後鳥羽側についている感じが、また興味深い。


後鳥羽上皇のとらわれについては「神鏡・神璽は戻ったが、宝剣は壇ノ浦の海底に沈んでしまった。正統な王たるには重大な欠格事由である。長ずるにしたがってこれを強烈に意識するようになった後鳥羽は、正統な王とは何か、その答えを追い求め始める。後鳥羽の生涯は正統な王たることを目指し、正統な王たることを自分自身で確信するための長い旅であった」「王が与える自由や仲間意識を家臣に強要する一方、王の権威を侵せば激怒する。後鳥羽の君臣関係における基本姿勢であった」と述べる。


また、三代将軍実朝についても「実朝は身体能力に秀でていたわけではなく、頼朝や頼家のように武芸で武士たちの支持を得るタイプではなかった。しかし、重要なのは主君としての毅然たる姿勢であり気概である。その点で実朝が劣っていたとは思われない」と、文献を紐解いて分析する。


後鳥羽上皇がなぜ挙兵したか、については、丹念に資料を調べて「大内裏造営を進める中で苛立ちを募らせた後鳥羽が、幕府をコントロール下に置くために優先順位を変更し、大内裏の完成から問題の元凶である義時の追討へと方針を転換するに至ったのだと考えたい」「義時追討の院宣は、後鳥羽の意思に従いたいとする御家人たちの願いに反し、奉行の北条義時が朝廷の威光を笠に着て政治を乱している、義時の奉行をやめさせ、後鳥羽の意思で政治を行えば御家人たちの願いもかなえられる、つまり義時排除という一点で、御家人たちと後鳥羽の利害は一致するという論理である。しかも、義時に味方しようとすれば命を落とし、義時排除に功があれば褒賞すると、賞罰を明示する。日本全土に君臨しようとする後鳥羽ならではの論理である」と読み解く。なるほど、これはそうだな、と感じる。


そして、承久の乱の結果を決めたのは「後鳥羽が二段構え・三段構えの戦略のもと、北条義時追討の院宣と官宣旨を下すという攻めの一手を打ったのに対し、幕府が院宣・官宣旨を使者から奪い取って情報を隠匿・操作したうえ、迎撃という守りではなく大群の出撃という積極的な攻めの一手で返した」「鎌倉が驚天動地の想定外の事態の中で、『チーム鎌倉』として結束力・総合力を十二分に発揮したのに対し、あらゆる意味で巨大な存在であった後鳥羽が独断専行する京方は『後鳥羽ワンマンチーム』としての力しか発揮できなかった」「後鳥羽の東国武士に対するリアリティの欠如は、合戦の勝敗をも左右するものだった」となると、歴史の授業で習った「幕府方が圧倒」というのは後付けの歴史だと思わされる。


そして、今の歴史観については「朝幕の力関係を劇的に逆転させた強い幕府が後醍醐天皇によって倒された。『倒幕』が現実のものとなったのである。しかも、打倒計画の途上、後醍醐は後鳥羽と同じく隠岐島流罪になった。この類似性は、後醍醐同様、後鳥羽も『倒幕』を目指したのではないかとする認識を醸成する契機になった」と、その心理的な受け止めを指摘。
それ故に「必然的にこうなる運命にあったと結果を予定調和的に受け止めるのではなく、想定外の出来事や、最終的に一つだけ選択された決断の真の意味・価値を分析し、その重みを明らかにすべきなのではないか」という指摘は重い。


どうしても歴史は後知恵にならざるを得ない部分があるが、それに対してよい警鐘を鳴らしてくれている。なかなかの良書だった。