世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】クリストファー・ワイリー「マインドハッキング」

今年25冊目読了。ケンブリッジ・アナリティカとフェイスブックによるデータの悪用を暴露したことで「ミレニアル世代最初の内部告発者」と呼ばれた筆者が、人の感情を支配し行動を操るソーシャルメディアの裏を暴き出す一冊。


なにせ、自らが犯罪行為に手を染めていた筆者からの告発であり、その生々しさがパンチ力絶大。英語版でのタイトル「Mindf*ck」が、筆者の強い意志を感じさせる。読んで、イーライ・パリサー「フィルターバブル」とは比較にならない恐怖を感じた。


情報を握る企業とそのアルゴリズムについては「情報の流れを支配する企業は『世界最強企業』と呼んでもいい。秘密裏に構築したアルゴリズムを武器として使い、今まで誰も想像できなかったようなやり方で、世界の人々の思考に影響を与えているのだ」「アルゴリズムの目的は情報提供ではなくてエンゲージメント向上にある。一方で、信頼できるニュースソースは次々とペイウォール(有料サイト)化している。要するに、無料のフェイクニュースで溢れかえる世界が出現するなか、本物の情報はますますぜいたく品になっている」と断ずる。なにせ、本人がそれを牽引してきていたのだから、インパクトがある。


そして、ソーシャルメディア時代の問題点について「ソーシャルメディアの影響力が増すと、有権者は選挙広告に全幅の信頼を寄せてしまってもおかしくない。ここに問題が潜んでいる。ソーシャルメディアの中にあるプライベート広告ネットワークには、誤りを指摘してくれる第三者が存在しない。つまり、有権者はうそをつかれても簡単には気づけないのだ」「インターネットの登場によって全く新しいビジネスモデルが生まれた。われわれ自身(行動パターン、関心事、アイデンティティー)を商品へ転換するビジネスモデルだ。データと産業が合体した複合体の原材料は、われわれ自身なのである」「インターネットの世界では根幹部分でなおも社会的隔離は続いている。社会的隔離から生まれるのが『不信』だ。陰謀論ポピュリズムの原材料と言い換えてもいい」「ソーシャルメディアの根底にあるイデオロギーは、『ユーザーによる選択やエージェンシーの強化』ではなく『プラットフォームと広告主の利益最大化』である。そのためにプラットフォームはユーザーの行動を操り、ユーザーによる選択の余地を狭めようとする」と述べている。これを知ったうえでテクノロジーと付き合う、というのは本当に難しい事だ…
これに対しては「道路上にスピード制限を設けているように、インターネット上にもスピードバンプ(減速を狙いにした道路上の隆起)を置かなければならない。健全なフリクション(摩擦)をつくり出すことで、新しいテクノロジーやエコシステムの安全性を確保するのだ」と筆者が対策を提言するが、今やインフラであるソーシャルメディアを止められない以上、それしかないんだろうな、と感じる。


過激派についての「社会が過激主義化すると、ファッションも過激化する」「過激主義者は美学にこだわる。なぜなら社会の美的価値観を変えることを主要目的としてにしているからだ」という観点はなかった。また、文化については「政治とファッションは、周期的に変遷する文化とアイデンティティー」「文化を特徴づけているのは『人々が共に行動する』ということ」という定義は非常に面白い。


他方、「ロシアにとって好都合なのは、ほとんどの西側諸国では言論の自由が保障されているということだ。言論の自由が保障されていれば、敵国のプロパガンダに同意する権利も広く認められる。言論の自由は、オンラインプロパガンダの拡散と言う夢をかなえてくれる魔法の杖のような存在といえる」「誰も知らない外国勢力が、出所不明の巨大データセットを兵器にして国内選挙に介入する。ソーシャルメディアを運営する企業は、自社プラットフォーム上を流れる選挙広告については何のチェックも入れていない。民主主義に混乱と破壊をもたらす絶対的勢力にストップをかける監査役はどこにも存在しないのだ」は、トランプ大統領当選、ブレグジットという違法な実績を見せつけられると、本当にこれは放置できない大問題だ、と痛感する。


人の心を操ることについては「人の心をハッキングしたいならば、まずは『認知バイアス』を特定して利用する」「情報兵器の本質は、これこそはと思う情報を前面に出し、人の感覚・思想・行動に影響を与えること」「人々が見たいと思うものを見せて、行動に影響を与える」とし、その実践として「怒りに火をつけられると、人は情報を取捨選択して合理的に判断する能力を低下させてしまう」「有権者は挑発されて怒りを爆発させると、合理的な説明を求めなくなり、無差別に懲罰的な行動に走る」という点を指摘されると、本当に『自由意志』ってなんだろう、と考えさせられる。


筆者は、なぜ、今までの罪を内部告発するに至ったか。「カミングアウトとは、他人が作った規範を拒否して本来の自分を取り戻すということ。他人の支配から脱して自分で自分のアイデンティティーを確立するということでもある」という強い決意は、筆者の失った数々のものを著されているストーリーから、心を揺さぶられる。


分厚くて、中身も重たいが、読む価値が高い、いや、読むべき本だ。そして、コロナ禍の2022年においては「共有体験の破壊は『われわれは皆同じである』という価値観の否定であり、『アザリング(他人化)』への第一歩だ」も、重い警句だと感じる。人はリアルに生きる生き物だ、ということを忘れてはいけない。