世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】佐倉由美子、常井恒平、長谷川大「負の世界遺産」

今年104冊目読了。フリーライター、編集者が共著で、記憶と歴史が物語る45の負の世界遺産を紹介するムック本。


ムック本ということで、写真が多用されており、綺麗で読みやすい。が、選ばれた世界遺産には、だいぶ疑義がある。こんなんで、いいんかな?というようなものが数多い。というのも、世界遺産委員会は「負の遺産」というものを定めてはいないのだ。


では、どのようなものが負の遺産と呼ばれているのか。世界遺産には、登録基準が10個あって、そのうちの6番目「顕著な普遍的価値を有する出来事(行事)、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または実質的関連がある(この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)」が該当する、とされている。「顕著な普遍的価値を有する出来事」が、人類史の負の側面として記憶せねばならないものであれば、『負の世界遺産』と呼ばれているのだ。


筆者は、まえがきで「世界遺産は戦争を繰り返してきた人類の歴史への挑戦といえる。なかでも負の遺産はその極めて例外的な位置づけによって、存在そのものが『戦い』への強烈なアンチテーゼとなっている」と述べている。これは妥当であり、この本でも紹介されている「アウシュヴィッツ=ビルケナウ、ナチスドイツの強制絶滅収容所ポーランド)」や「ゴレ島(セネガル)」、「原爆ドーム(日本)」あたりは議論の余地がない。


…ところが。登録基準の6番目に該当するとはされていない世界遺産も列挙していく為、「これも負の遺産なのか?!」という疑義が湧いてきてしまう。いくつか挙げてみるが、
・ランメルスベルク鉱山と古都ゴスラーとオーバーハルツ水利管理システム(ドイツ):魔女狩りで28名が犠牲に(←魔女狩りは中世のあらゆる都市で行われていた)
フエの建造物群ベトナム):ベトナム戦争で破壊されたグエン朝の王都(←それならベトナム全土が負の世界遺産になってしまう)
・ラパヌイ国立公園(チリ):戦争によってほろんだ文明と未来への警鐘(←あくまでモアイという特殊な類を見ない建造物が登録の理由)
古代都市テーベとその墓地遺跡(エジプト):戦争と侵略の記憶を留める古代エジプト千年の首都(←繁栄した過去の国家の首都はすべて負の遺産になってしまう)
と、本当に理解に苦しむ。


自分は、世界遺産検定マイスターも取っており、それなりに世界遺産のことを知っているので「この資産の選別は全くナンセンス」と瞬時にわかる。しかし、世界遺産に詳しくない人がこの本を手に取って「そうなんだ!」と思われては、非常に困ったことになってしまう。事実と相違することが出版されているのは、極めて由々しき事態である。


この本の著者のうち、世界遺産検定について起債しているのは3名中1名のみ。しかも、その1名は2級であり「ちょっと世界遺産に詳しいよね」というレベル。写真の見栄えを重視し、無理やりまとめ上げた本なのでは?と思うくらいに酷い中身に、唖然とする。


何事も、一定の知識と見識がないと多くを語るのは危険である、ということを痛切に感じさせる一冊だ。ある意味、この本自体が「負の価値」を持ってしまっているのは、皮肉なことだ。