世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】小林快次「恐竜まみれ」

今年103冊目読了。北海道大学総合博物館教授、同館副館長の恐竜研究家である筆者が、命懸けの発掘現場の実態や様々な経験を軽妙な筆致で描き出す一冊。


恐竜好きの息子(小二)のために図書館で借りたが、やや難しそうだったので部分的に音読してやったのだが、それをきっかけについ大人の自分がハマってしまったという経緯。だが、この筆者の科学者としての素晴らしさ、そして分かりやすく伝える技術、本当に凄い。これぞ超一流!と驚かされる。


恐竜発掘について「じつは化石の発掘というのは、恐竜研究の一部にすぎない。だが結論をいえば、恐竜研究の醍醐味はここにある。自分の足と手、目を使って発見をする、抜群の面白さだ」「目から入ってくる情報だけでなく、触感による三次元の形の記憶。体に刻み込まれた骨の『知識』が、フィールドで役に立つ。地面に落ちているばらばらになった骨を見て、それがどの恐竜のどの骨であるかを考える。これが意外に楽しい」と、その魅力を語る。そして、筆者は「ファルコン・アイ」の異名を取るほど化石をよく見つけるのだが、その秘訣を「化石を見つけるには、人の歩いた形跡のないところ、つまり、歩きづらいところを敢えて歩くのだ。どんなに疲れていても、敢えて違う道を歩くように心掛け、常に化石が落ちていないか目を配る」と明かす。だが、これ、凄く難しい事だぞ…


仮説を立てる手法についても「ハズレを重ねるうちに、あるパターンがあることに気がつく」「ハズレばかり、の落胆が、様々な状況証拠と先行研究をかき集めると、パチンと音がするようにかみ合い、ストーリーが見えてくる」という考え方は、感嘆させられる。
そして「いかにその化石の持つものを引き出せるか。それは、粘りに粘るということでなく、誰も見ていない視点で目の前の化石を見られるか。固定観念に縛られないで、いろんな可能性を見ながら、化石が語ろうとしている声に耳を傾ける」「情報を集めていくと情報が勝手に教えてくれる。努力しているのは、そこに落ちているはずのデータはなるべく取りこぼさないようかき集めること。そこにメッセージがあるのだ」というマインドは、ビジネスでも大事だし、恐らく筆者はビジネス界でも成功できるだろうと感じる(本人にその気はさらさらないだろうが)。


「恐竜に限らず、サイエンスは面白い。ある疑問をもつ。その疑問にいかにアプローチするか作戦を立てて、データを集めていく。すると、自分なりの仮説が生まれ、その疑問の答えが明らかになる。自分の手でだ。これが快感なのである」「サイエンスは間違いの連続であり、正解はない。答えがない中でできる限りのデータを集めて仮説を立てているに過ぎない」と断じたうえで「日本の恐竜研究では、どうしても重箱の隅を突くようなものが目につく。あの分類は正確でないとか、あの論文は間違っているという研究にエネルギーが割かれ、注目を集める。ただし思うのは、取れる限りの大胆な仮説を立てる研究、それを発信する研究者がいるから、検証が可能ということだ。海外で続々と面白い研究が出てくる、日本人はその『検証役』をしているばかりでいいのか。日本人が研究の先頭になかなか立てないのは、その姿勢の違いが大きいのではないだろうか」と鋭く述べる。これは、日本の組織全体の問題につながる指摘だ…


恐竜化石ビジネスについても警鐘を鳴らす。「『その国から出た化石は、その国の宝』以外のロジックでいくと、限りある宝が失われてしまう」「お金が絡むと、サイエンスが商売になっていく。そこにインターネットが絡み、深刻度は増していく」は、国宝などの文化財もまさにそのようなことが言えるので、納得だ。


それにしても、筆者は本当に優れたコミュニケーターでもあることをひしひしと感じる。「私が考える大発見とは、実は私たちの身の回りに転がっていて、データも現象も見えているのに、それが他とは違う特別なものだと気づいていなかったことに『気づくこと』。大事なのは、大発見を大発見として認識する能力を高め、それを他の人にわかりやすく説明できるか」「研究者に共通するのは、自分が未熟であるということを常に認識していること、そして、人の意見を聞き真摯に受け止めることができる姿勢」などは、本当に頭が下がる。


思わぬ経緯で読んでみたが、一流のビジネス書もかくや、というくらいにヒントが満載されている。恐竜に興味を持ったことが(子供の頃でも、一時的でも)ある人は必読といえる。