世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】池澤夏樹「真昼のプリニウス」

今年119冊目読了。小説化の筆者が、火山研究を行う大学教授の目を通しながら、人生、自然などを絡めながら話が展開する興味深い小説。


細かい筆致と、ダイナミックなストーリー展開を得意とする筆者らしい、非常に面白い本だ。ラストが、なんとなく肩透かし感があるのも、余韻を残したいのかな…などと推測する。


自然、時間のあり方については「自然というのは罠ですからね。人間の好奇心を刺激して中へ中へと誘い込む」「時間という空の容器に何かを詰めることはできる。しかし、その手応えに騙されてはいけない。うかつな者はそれだけで何かをやりとげたような気になるが、次々に飛来する球をとりあえず相手コートに返しているだけで全然違う得点していないということだってあるのだ」の言葉が刺さる。


人の物事の捉え方についての洞察も「人は意味や意義や目的や効率に飽きているんですよ。すべてを秩序づけて最小の努力で最大の効果をという経済原理に飽きている」「語られた物語はいつもうまく作られすぎているように見える。整合性が目立って、人にとっていろいろ都合よく、いかにも聞いた者や読んだ者が納得し、同情し、感動するようにできているという気がしてしかたがない」と深い。


人間の体験がどのように記憶されるかについても「なぜ言葉にしなくては体験や感覚は残しておけないのか。時間の腐食作用と戦うには言葉というおよそ大雑把な、粗雑な、偏見と誤差にまみれた道具しかない」「体験の中では人の精神はただとぎれとぎれの激情を感じるだけで、それらをつなげて一つの脈絡をもった時間の流れとして、いわばすっかり整理された形で、記憶にとどめる」のあたりのセリフが心に残る。


現代人への警句「どうも今の人間は昔ほど思い詰めるということをしなくなったようだ」「あんたにとって大事なのはあんたに見える世界だ。他人の見ている世界と共通するものだけを見てはいかん。少なくともそれだけではいかん」も、しっかりと受け止めたい。


そして、とにかく言葉を使いまくっている自分にとっては「あんな風に言葉を濫用していたら、歳を取った時にはもう頭の中に言葉が残っていないかもしれない」の言葉は重い。もう少し、熟慮が必要なのかもしれないな…


軽いタッチの中にも、深い発見がある。疲れた頭でも、とても楽しめた。