世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】池澤夏樹「タマリンドの木」

今年102冊目読了。1987年芥川賞受賞作家の筆者が描く恋愛小説。


基本的に小説はあまり読まず、特に恋愛小説は読まないのだが、この本は読書家の先達がお薦めしてくれたので読んでみた。なるほど面白いし、世界をまたぐ展開がバブル期っぽく、かつ繋がり方の「その時代」を感じさせる。


恋愛と仕事の間の相克に悩む男にフォーカスが当たっており、その心理描写、社会人を10年やったころの迷い・悩みなどを感じさせてくれ、非常に興味深い。そして、芯の強い女性が何かに引っ張られるような生きざまを見せるところも。


「今まで自分がやってきたことをひとまず全部空っぽにしてもいいと思った。まるで新しい言葉や習慣や生き方のリズムを覚え直してみることもできるって気が付いて」「日々の努力の意味を信じているだけで何も迷わないですむ」という女性の力強い観点が凄いと感じる。
他方、男性側は「どうやっても人生のコースを切り換えるきっかけがつかめない」「人は一番大事な変化にはいつも遅ればせに気がつくものだ」と、強い混迷に直面するのだが、日々生きているとこちらの方にいやおうなく共感する、というのが実態だ…


恋愛についてなるほどと感じたのは「恋は人と人を引き寄せるが、そうして作られた仲を維持するのは恋ではない。もっと別の、もっとしっかりした根を張るもの、日々の生活によって満たされるもの。もっと永続的な力」「人は結局は自分のために愛するのかもしれない。自分以外の誰にも愛しようのない相手を選んで自分だけのやり方で愛する。一緒に暮らして相手の上に自分を投影しようと試みる」のあたり。


「言葉などというものは写真と同じく実に頼りなくて無力なのだ。生きた人間の生きた印象を保存する方法はどこにもない。忘れないためには会いつづける以外にない。印象を日々更新してゆかなくてはならない」という言葉は、筆者の意図とは異なるが、コロナ禍の2020年に読んでみると、実に味わい深い(執筆されたのは1991年)。


さらりとしながら深いので、興味深く読めた。