世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】垣内尚文「パン屋ではおにぎりを売れ」

今年119冊目読了。株式会社アスコム取締役編集局長の筆者が、地味だけど一生役立つ考える技術として「想像以上の答えが見つかる思考法」を提唱する一冊。


なんだか冗談みたいな本のタイトルからして、この「思考法」に則っている。さらりと読める本ではあるのだが、さらりと読むにはいささか中身に重要情報が詰め込まれすぎていて、油断するとそれらを拾えなくなってしまう。


考え方の前に、まず「考えるとは『広げること』すなわち可能性を考えていくことと、『深めること』すなわち本質的価値を考えていくこと」と定義。「データはあくまでも『過去』の情報。一方で『考える』は未来にベクトルが向いている」「論理ではなく、直感や思いなど、非論理的なところからはじめる思考法は、先が見えない今の時代を生きていくうえで、より求められている」「『論理』と『非論理』の両方を手なずけることで、自分の『考える力』をレベルアップさせていく」とする。


なぜ、考えることが必要なのかについては「これからの時代は『価値をつくること』がキーワード」「人生=『思考』+『行動』」がカギである、と述べる。


考える技術で大事なのは「3つのルール。①ゴールを決める②インプットして現状を整理する③考える『考えを広げる+考えを深める』」だとしたうえで
●考えを広げる方法:かけあわせ法、数珠繋ぎ連想法、ずらす法、脱二択、まとめる法、あったらいいな
●考えを深める方法:360度分解法、ポジティブ価値化、自分ゴト・あなたゴト・社会ゴト、すごろく法、正体探し、キャッチコピー法
などの細かい手法を提唱する。


押さえておくべき考え方としては「ヒットの2大要素は『新しさ』と『共感』」「ノートに書くと①俯瞰化・見える化できる、整理できる②書いたことを蓄積できる」「オリジナル=マネ×マネ×マネ」「結果=考える技術×考える時間×行動」のあたりが参考になる。


また、行動レベルで意識すべきこととしては「習慣化の敵である『頑張る』を避けるコツは『やりすぎない』『急がない』『楽しむ仕組みをつくる』」「声を聞いたり、打ち合わせをしたあとに、自分でそこで出てきた材料を並べながら、そのテーマと自分が向き合う時間を作る」「考える技術を身につけるため、疑う、つっこむ視点を持つ」「考える時間をつくるときに大切なのは、楽しむこととリラックスすること」のあたりは実践してみたい。「会議や打ち合わせの一番の目的は『人の頭を使って、目的に向けて価値を生み出す事』」というのは、日々に流されている自分を反省する…


筆者が最後に述べている「もちろん考えたことを実行したからといって、思い通りにならないこともあるだろうし、想定外のことも起きるかもしれない。そんなときは、また考えればいい。挫折したって、大丈夫。また考えて、行動に移せばいい。それが自分らしい人生のつくり方なんじゃないか」は、柔軟でいい考え方だと思う。自分も、日々流されず「思考」しながら生きていきたい。そう思わせてくれる良書。

【読了】土屋健「ザ・パーフェクト」

今年118冊目読了。オフィスジオパレント代表にしてサイエンスライターである筆者が、日本初の恐竜全身骨格発掘記として多面的に発掘の背景にある物語を描き出す一冊。


自分の傾向として「実用書だったり、心構えに役立つ本だったりを読みふける」という癖があるのだが、この本は恐竜好きの息子を喜ばせる、ただそのためだけに図書館で借りてきた。しかし、読んでみると、通称「むかわ竜」というハドロサウルスの発見を、関わった多くの人々の視点から描き出すので、ワクワクしながら読み進めた。昔、「ドラえもん のび太の恐竜」で興味を持った(※2021年において40代の男の子なら、結構多いのではなかろうか)一人としては、当時を思い出すような気持ち。
そして、丁寧な筆致で「様々な形で、むかわ竜発掘に関わった人たちの人生と、その交錯」を描き出す様子がとても面白い。「人に歴史あり」とはよく言われることだが、そんな精緻な寄木細工のような協力があってこそ、世紀の大発見に繋がったんだな、ということが実感できるし、未知のものに挑戦していくワクワク感を味わうことができる。本当に、子供に戻ったような気持ちになる。


普段の読書だと「この本で学んだこと、知った事は何か」という観点で考えがちなのだが、この本はそんなことを一切無視して「ただ、未知のものに挑む面白さを呼び覚ましてくれる」ということをたっぷり味わい、そのことに感謝する。そんな本だ。恐竜と化石発掘についての知識ももちろん得られるのだが、それよりもワクワク感。これに尽きる。

【読了】ロナルド・ハイフェッツ「リーダーシップとは何か!」

今年117冊目読了。ハーバード大学大学院のリーダーシップ教育プロジェクト主幹の筆者が、リーダーシップの本質は何か?という難題に挑む一冊。


1996年出版ながら、その論説は2021年の今なお全く色褪せることのない切れ味を誇っている。時代を感じるのは、事例と、翻訳者が幸田シャーミン(笑)ということくらい。原題の「Leadership Without Easy Answers」のほうが実態を表しているな…


まず、我々が問題に向き合うときの行動の癖として「私たちが問題の存在を認識するのは、私たちが物事はこうあるべきだと考えているのに、状況がそれにそぐわない時である。したがって、適応の仕事に必要なのは、現実の評価だけでなく、価値観の明確化も含まれる」「私たちはストレスが深刻になると、途方もなく大きな権限を与えたがり、自分たちの自由を放棄しようとする」「逃避のメカニズムというのは、多くの場合無意識のうちに行われ、自分に対しても偽装を行う。それは往々にして、自らを心地よい気持ちにさせる状況判断ミスー社会システムが、ある一派に問題の責任があると信じ込んで、それをスケープゴートにしてしまうーの形をとる」を指摘。なるほどなぁと感じる。


そして、オーソリティへの権限委任については「私たちが組織内や政治でオーソリティの人物に期待するのは、一般的に方針、保護、秩序」としながら「問題が起きて、それが引き起こす危難がいつまでも続く時というのは、それまでの依存のシステムがその問題には機能しないから。私たちはオーソリティの人物が出すことのできない答えを、彼に期待する。そうすると、オーソリティは決断力を示さなければならないというプレッシャーの中で、救済するふりを見せたり、争点を回避する行動をとったりする」「オーソリティへの依存は、技術的な状況には適しても、適応的な状況には適さない」「適応が必要な状況で、オーソリティの立場からリーダーシップを行使するには、流れにあえて逆らわなければならない。解答を出してほしいという期待を満たすのではなく、問いを提供するのである」「オーソリティの人物が、自分が解答を持たないのに、自らを惑わしてそれを持っていなければならないと考えると、拙劣な役割を果たしてしまうことになる。知っているべきだというプレッシャーから、答えを出してしまうのだ。それが人々を誤った方向に導く間違った解答であってもである」のあたりに斬り込む。2021年の現代においても、これは全く変わらない。筆者の慧眼が光る。


では、人々はどのようなことに留意すべきか。「人々が適応的挑戦に直面したときは、時間を必要とすることが多い」「オーソリティが回答を持たない時、彼は、人々に厳しい質問をしたり、彼らの期待を鋳直して対応能力を開発させることにより、学習を誘発することができる」「オーソリティ主導で解決策を指示するのではなく、人々が問題に注意を注ぐようマネージすることによって、創造に道を開く」「オーソリティの関係における信頼とは、価値観と能力の二つの予測可能性からなる」「公式のオーソリティは明確に記された期待にこたえる約束と引き替えに得られ、非公式のオーソリティは暗黙であることの多い期待にこたえる保証によって得られる」「オーソリティが提供するリーダーシップの仕事のための資産は①争点に注目させる②情報を集めて現実性のテストを行う③情報を管理して問題の枠組みを作る④視点の対立を調整する⑤意思決定のプロセスを選ぶ」のあたりも、おおいに説得力がある。


問題の捉え方「技術的状況と適応的状況を区別するためのカギとなる問いは『この問題を打開するには、人々の価値観、姿勢、行動様式を変える必要があるだろうか?』である」「適応の仕事は、社会のどの立場にあろうとも多くの人々に、調整、学習、妥協を求める」は、U理論を学ぶ際にも聞いた話の『元ネタ』。これ、本当に真理を突いていると感じる。


非公式のオーソリティについては「組織や派を超えて非公式のオーソリティを得るには、自分の主張を相手側の価値観の文脈の中に置かなければならない。さらに、自分の考え方の狭さを修正するために、敵対者から学ばなければならない。教えるだけではなく、教えられもするのだ」「オーソリティは束縛にもなるので、それを持たないでリードすることには利点がある。①創造的な逸脱の自由をより多く持てる②一つの問題点への集中が可能③第一線の情報が手に入る」「オーソリティを持たずにリードする人は、より大胆かつ巧妙な戦略と戦術を用いなければならない。①オーソリティを持たないと、方位環境をコントロールする力が極めて乏しくなる②争点に注意を惹きつけるにあたって、自分が避雷針になってしまう危険性を持っている③オーソリティを持たないリーダーも往々にしてオーソリティの人物だけが変化をもたらす力を持っていると勘違いしてしまう」「リードする人たちは、自分のオーソリティを超えた行動をしていると感じているものだ」とする。確かに、権力を持った人がすべてを動かしているわけではないので、こういった捉え方は興味深い。


そして、本題であるリーダーシップについて「リーダーシップとは解答や確固たるビジョンからなるのではなく、価値観を明確にするための行動をとること」「難しい問題ー価値観の進化を必要とす?ような問題であることが多いーに取り組むことが、リーダーシップの目的。その仕事が完遂されるように持っていくことが、リーダーシップの本質」「社会が直面している挑戦に対して、それを避けるよりも取り組む方が、たくましい適応を生み出す可能性が高い」「境界を超えてリードするには、境界を浸透し、境界を作り変えることが必要」「リーダーシップをとるうえでの主要なチャレンジは、人々の注目を集めて、それを立ち向かうべき争点や疑問に振り向けることである。それには、行動を説明できるコンテクストを示さなければならない」「リーダーは、自分の行動によって引き起こされる人々の反応は、自分の演じる役割、その視点に対する反応であると解釈しなければならない」「リーダーシップは能動と受動の両面を持っている。行動と観察を交互に繰り返さなければならない」「リーダーシップには、日々失敗に直面する勇気が必要だ。さもなければ人は行動を修正することができない」「リーダーが生き続ける方法は『安全にふるまう』ことではなくて、常に行動の調整が必要なのだということを自覚し、担当する領域がどうなっているのかという評価を継続し、それに基づいてリスクをとること」と、一方的にグイグイ引っ張るだけではなく、自分も動きながら最適を求めていく不断の取り組みであることを解き明かす。


自らリーダーシップを発揮するにも、そうでない人達にも「私たちは救世主を探し求めるのではなく、苦痛を伴わない単純な解決方法などあり得ない難問、つまり新たな方法を見いださなければ解けない問題に立ち向かうよう、私たちに挑んでくるリーダーシップをこそ求めるべき」「対立する価値観の視点を取り込むことが適応の成功には不可欠」「私たちの文化や組織が豊かさや創造性に富み、複雑なのは、私たち個人個人が内面化されたさまざまな声による心の中の議論を持ち続けていけることからくるものだ」「社会が変化する必要性を直視せず、重荷をオーソリティに背負わせ続ける限り、次第に退廃したり、あるいは革命による権力者の入れ替わりの繰り返しに陥る」という事実と向き合う勇気が求められている。ぶ厚い本だが、今なおその主張のインパクトと迫力は十分。これは良書だ。

【読了】島尾新「もっと知りたい雪舟」

今年116冊目読了。学習院大学教授にして、日本中世絵画史を専攻する筆者が、国宝6点を残した天才画家の生涯をつまびらかにする一冊。


アート・ビギナーズ・コレクションシリーズは本当に引き込まれる。特に雪舟はその人生の数奇さ、長く旅をしながら様々な書法を使いこなした技術力、そして卓越した構想力が魅力的。


雪舟は飽きない。絵が面白いのはもちろんのこと、抑えきれない個性を出しながら、しかし気ままに描いているわけではない。対象によりまた場に応じて描き方を変えている。そのヴァリエーションを見ながら、雪舟のあたまのなかを想像するのが楽しい」は、まさに雪舟の楽しみ方の急所を突いていると言えよう。
「漂泊しつつひたすらに自分の絵を追求する、天衣無縫な画聖のイメージ。それをはずしたときに見えてきたのは、芸術家に通じる強い自意識、またコンプレックスをもちながら、人付き合いはよく、ちゃんと『公務』をこなし、それによって地位を上げ存在感を増してゆく姿だった」は、まさに彼の生涯でのし上がっていった手法。ただ絵を楽しむだけでなく、その背景を知ると、絵が立体的に見えてきて面白い。


「『ともかく他人とはちがうものを』という現在とは違って、先人の表現に自分のものを積み重ねてゆくのが東アジアのやり方。その厚みのなかから、オリジナリティが生まれてくるのである」というのは、近代美術への強烈なアンチテーゼともいえる。これは痛快だ。


「禅では、すべては生まれながらにして人の心に宿っているという。『悟り』も、お経を読み、講義を聴いて『外から』学ぶ必要はない。それが『本来の心』にあることに気づけばいいだけなのだから」は、あらゆることに通じる真実だろう。色々と、面白い気づきがある一冊だ。

【読了】出口治明「歴史を活かす力」

今年115冊目読了。ライフネット生命保険創業者にして、立命館アジア太平洋大学学長の筆者が、歴史に学ぶ「人生に役立つ80のQ&A」を伝える一冊。


筆者は歴史に造詣が深く、「飯・風呂・寝る」から「人・旅・本」への転換を提唱しているだけあって、本当に面白い。図書館でかなり待ったが、借りられて本当によかった。


日本という国の過去と現在については「日本のプライマリーバランスを取り戻すには、消費税15パーセントで社会保障は現状維持か、消費税25%ほどで教育や医療は無償に近くするか。負担と給付はセットで考えるのが先進国の鉄則」「徳川幕府の最大の失政は、鎖国。『人間は交易によって豊かになる』という基本原則に反した政策は、思いっきり経済の足を引っ張った」「資源がない日本は、人こそが資源。これは白村江の戦いの頃から一貫している」「外国と交易を行うとめちゃ儲かる。『よっしゃ、ハイリスク・ハイリターンでいったるで』という気概を、古代から日本人は持っていた。そのチャレンジ精神とグローバル感覚は、いまの時代にも十分通用する」


世界の動きの原則についても、鋭い。「激しい内戦が起こるのは、明確な対立軸があるとき」「ローマ帝国も大元ウルスも、リーダーの失敗で滅びたのではなく、きっかけは地球の気候変動」「世界のスタンダードになる条件は、みんなにわかりやすく、使いやすくて、シンプル」「勝ち組も、いずれは新しい秘密兵器に敗れる。相手が腰を抜かすようなアイデアがないと、戦争もビジネスの戦況も一変できない」「現実を直視しない詩人タイプが国のトップに立つと、部下や国民は疲弊する。中国で言えば毛沢東、日本でいえば西郷隆盛が詩人の魂を持った永久革命家」「人口が増えた先進国は必ずといっていいほど栄えている。だからこそ、日本の人口減少は中長期的な国力を弱める大問題」などは、適切な分析といえる。


リーダー論も興味深い。「リーダーの仕事は、究極的にいえば、人々を幸福にすること。優れたビジョンは、社会の混乱を治め、人々の暮らしを豊かにする」「異質な文化で育った人の混成チームは強い。つまり、混ぜれば強くなる」「歴史の中で排外主義が勃興するのは、ほとんどの場合、指導者が愚かだということに尽きる」「どれだけタフでも、常に最終判断が要求されるリーダーが務まるのは、社会の変化が激しい現在なら10年~15年くらいが限界。それ以上は、頑張ろうにも頑張れない」などは納得だ。「長期政権は必ずといっていいほど腐敗を招く。誰かに権力が集中して一強状態になれば、イエスマンだらけになったり、忖度合戦になる」は、明らかに安倍・菅政権を意識した記述だな…


個別事象についても「日本もドイツももともとの地力に加え戦争が終わって人口が増え、地政学的にラッキーな位置にいたというのが、経済大国になった本当の理由」「江戸無血開城は何も平和主義に基づいたわけではなく、インフラ再建コストの問題画面。西郷も勝もきちんと算盤を弾くことができた有能なリーダー」「中国が共産主義とはいいながら、人々の宗教を放置しているのは、基本的には秦の始皇帝の時代から変わらない『一君万民』『中央集権』の国だから」「慎重にロジスティクスを整備し、情報のスピードを重視して、リーダーが先頭に立って戦う。ローマ軍が強かった理由はそのあたりにある」など、面白い。


コロナ禍で書かれているだけに「パンデミックが起こると、『神様、仏様お助けください』と信仰心がさらに深まる人たちと、逆に『神も仏もあるもの』と信仰心が薄まる人たちがそれぞれ増えて両極端になる」「神様がいなくなると、人間の興味は人間に向かう」あたり、非常に共感できる。


筆者が大量の読書とその価値観で感得した「歴史を学ぶことの意義の一つは、予期せぬ出来事に遭遇した時、適応するために参考にすること。歴史を多く知れば知るほど、最適解にたどり着くヒントになる」「長期的に見れば、人類は地球上を自由に移動し、自由な交易によって互いに不足するものを補い合って発展してきた。人類の歴史を知っていれば、本質的な観点から現在の出来事を把えることができる。それこそが、歴史を活かすこと」というまとめが、全てを物語る。この本は、さらりと読めて、興味を引くようにできているうえに深い。さすがの良書だ。

石田勇治「ヒトラーとナチ・ドイツ」

今年114冊目読了。


ナチスの本はちょいちょい読むのだが、その理由は筆者の「21世紀の今日、人権と民主主義が人類にとって最も尊重・擁護されるべき普遍的な価値・制度であるとするなら、それらが容赦なく粉砕された近過去の事例に目を向けることは大きな意義がある」という言葉に語り尽くされている。


ヴェルサイユ条約が「ドイツ国民はこんな厳しいと予想していなかった。条約調印を拒否すべきとする世論がにわかに高まったが、拒否すれば戦争再開の恐れがあった。やり場のない国民の怒りは、この条約を受諾したヴァイマル共和国政府へ向かった」。厳しい賠償が、ナチスの擡頭を招いたというのはよく言われることだ。


「議論して多数決で何かを決めるという民主主義のルールを嫌うヒトラーは、選挙や議会に何の意味も見出さず、反議会主義を標榜していた」というヒトラーが少数政党ながら首相指名を受けたのは、大統領ヒンデンブルクの考えがあった。「ヒンデンブルクが成立させたヒトラー政権はナチ党の単独政権ではなく、ドイツ国家人民党という伝統的な保守政党とナチ党の連立政権」であり、ヒンデンブルクは「特定の政党ではなく、党派を超えた国民、特に右派勢力の全面的な支持の上に、議会を排した権威主義統治が行えればと考えていた」「それがヒトラーの手を借りて実現できれば、あとはまた大統領大権を使って、ヒトラーを失脚させればいい」とたかをくくっていた。「ヒンデンブルクはかねてより議会政治からの決別を望んでいた」ため、ヒトラーを利用しようとしてヒトラーにドイツを乗っ取られた、ということになるのは注目すべきポイントだ。


大衆に向けてはヒトラーは「ヒトラーの演説は、すべて巧みな時事政談である。聴衆に応じて取り上げるテーマを変えたが、論じ方は同じだ。最初に暗澹たるドイツの現況を静かに論じ、やがてその原因がどこにあるのか、なぜそんな苦境に陥ったのか、どうすれば失った未来を取り戻せるのか、世界を善悪二項対立のわかりやすい構図に置き換えて情熱的に語った」「大衆を焚き付けるために、専門家の議論を卑近な言葉遣いに書き換えた」が、政治を動かすにおいては「閣議を開かず、大臣の不安や省庁間の溝、相互不信、対立を助長しながら、最終決定者として自らの威信を高めた」「ヒトラーの命令は、会食の席や二人だけの立ち話で伝えられることが多かった。側近たちは与えられた裁量の範囲で、ヒトラーの歓心と寵愛、より大きな権限を得ようと、『総統の望み』を慮っていっそう過激な行動をとるようになっていった」と、自身の思うがままに世の中を動かそうとした。


そんな中、なぜドイツ国民はヒトラーを支持したのか。「国民の大半がヒトラーの息をのむ政治弾圧に当惑しながらも、『非常時に多少の自由が制限されるのはやむを得ない』とあきらめ、事態を容認するか、それから目をそらした」ことに始まり「高まるヒトラー人気の秘密は、『平和のうちにヴェルサイユ体制を切り崩し、ドイツが他の列強と対等の国になれた、強いドイツを取り戻した』と国民が感じたことにあった」。そして「ヒトラー政権下の国民は、あからさまな反ユダヤ主義者でなくても、ほとんどの場合、日常生活でユダヤ人迫害、とくにユダヤ人財産の『アーリア化』で何らかの実利を得ていた」ことにより、ナチスの蛮行に手を貸すことになる。
結果、「ロシア革命の顛末をユダヤ人の陰謀だととらえて納得した」ヒトラーが「独裁と戦争でドイツのすべてを破壊しながらも、ドイツをユダヤ人の魔の手から救うという妄想の使命感を最後まで抱いていた」状況で、大虐殺を引き起こしてしまうというのは、システムの暴走としか思えない。


「カリスマは危機の中で生じやすい」との指摘どおり、2021年現在の日本のように「閉塞感の強い世の中」ではデマゴーグを駆使する独裁政治家が生まれるおそれがある。

【国宝】宮内庁御物、国宝指定へ。

21年7月16日、文化財保護における革命的な転換があった。「文化審議会佐藤信会長)は16日、鎌倉時代の絵巻物「蒙古襲来絵詞」や安土桃山時代の画家、狩野永徳の「唐獅子図屏風」など、絵画4件と書跡1件を国宝に指定するよう文部科学相に答申した」というニュースだ。


単なる国宝指定の答申、というものではない。国宝指定される文化財は毎年あるので、それ自体はさして珍しくない。が、「宮内庁管理の美術品(正倉院宝物や書陵部管理品を含む)は、慣習的に文化財保護法による指定の枠外となっている」ことから、今回の答申は文化財保護の方針を大きく転換する中身なのだ。


もちろん、宝物である文化財自体の価値が変動するものではない。しかし、国宝指定となれば、話題になるし、展覧会の目玉として一般の眼に触れる機会も増えるだろう。これは、間違いなく日本の「文化レベル」向上に資する転換だ。
また、さらに考えれば、こうした一級品の文化財が多くの人の目に触れることで、当然、収入が上がる。経済を回すということではなく、その収入を「文化財保全」に使う(=職人の技術に相応する賃金を支払うことができる)ことに繋がる。それは、未来に向けた「文化財を引き継ぐ」という大事な役割を果たすことになっていくだろう。


このように、意義深い決定。まぁ、国宝マニアとしては、単純に「逸品を拝見する機会が増える」という喜ばしさもあるが、その意義をしっかりと踏まえて楽しみたいものである。