世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】中川浩一「プーチンの戦争」

今年25冊目読了。元外務省交渉官の筆者が、ウクライナ動乱を分析しながら、日本のあり方を思考する一冊。


タイトルと、筆者の肩書きから期待して読んでみたが、自分にとっては期待外れ。冷静な分析と言うよりも、筆者の妄想をぶちまけるために表題で『釣った』ような中身だな…


戦争について「日本は三方で、海を隔て日本を敵視し核兵器保有する専制主義の覇権国家と対峙している。地政学的にも逃れようのない、世界で最も危険な国」「感情や思想を超えて、自分を護るために、家族を護るために、国を護るために戦う。それが戦争」「戦争を起こさないためには、私達の日常に、すでに平和を脅かす様々な要素やリスクがあることに気づく。そのリスクを見つけたら、すぐに声をあげ、皆と共有し、その芽を早めに摘むことが肝要」と触れているあたりは納得できる。


また、昨今の情勢につき、ウクライナ動乱について「ロシアが始めた戦争を止められない理由は、ロシアが安保理常任理事国として拒否権を行使できること、ロシアに武力で対抗できる旗振り役が今の国連加盟国にいないこと、アメリカやイギリスの民主主義の押しつけに反旗を翻す国々の台頭」としたり、「『民主主義国家が増えれば戦争がなくなる』との国家観は、『民主主義のために戦争をする』という恐るべき悪弊とジレンマを生み、そのジレンマの渦の中に日本も含めた世界中が巻き込まれ、逃れられなくなっている 」と述べているあたりも共感できる。ただ、そこに深い分析はないように感じる。


筆者が中国について述べる「中国製アプリは、必要以上にユーザーのデータを集めて、本人に許可なく中国にあるデータセンターに送り続けている」「日本で不動産を持っていれば、日本の永住権を得やすいというのは、不動産を買う中国人の間で半ば常識化している」のあたりの脅威は確かにそのとおり。で、どう対抗するの?という点は弱い。


筆者が領土について「領土問題を曖昧にして平和主義外交を続けるのは、リスクが大きく、そこが戦争の着火点となる恐れがある」「領土は『力』の源泉。国民が命を守り、生き抜く『基盤』」と主張することは分かる。また、「真の意味での専守防衛とは、相手の善意に期待する受け身の消極的発想ではなく、敵視する国の最高指導者に『侵略の意志を放棄させるだけの軍事能力と国家意志』を見せつけることのできる、実行力のある抑止力を持つこと」「民主主義国家は、専制主義国家に睨まれたら最後、隷属するか、呑み込まれまいと毅然と対峙するかのどちらか」「政府の役割とは、国民の間に広がる不安をやわらげ、安心を与えること」と言う国家観も理解できる。


しかし、日本の安全保障のロールモデルイスラエルだとして「①一家に一個核シェルター②培養肉で有事に備えた食の安全保障③水は技術で作る④食糧自給率は90%以上⑤中東のシリコンバレー⑥先進国第一位の出生率」とするのはあまりにも突飛すぎるし、そこに向けたロードマップも何もなく理想論をぶち上げでもどうなんだ?としか思えない。自分はお薦めしないな、という一冊。

【読了】橘玲「バカと無知」

今年24冊目読了。作家である筆者が「人間、この不都合な生きもの」について様々な観点から考察する一冊。


名古屋時代に知遇を得た人生の大先輩がお薦めしていたので、だいぶ時間がかかったが読んでみた。なかなかエグい内容で圧倒されつつ、疑問も持ちつつ。


筆者は、ヒトは徹底的に社会的な動物としたうえで「家族や会社、地域社会などの共同体に埋め込まれているから、わたしたちはこの社会的な制約の中で、なんとかして『自分らしく』生きられる物語を作っていくしかない」「ヒトは、自分が批判されることを過度に警戒すると同時に、集団からの逸脱行為をつねに監視し、自分より上位の者がそれを行うと、『正義』の名の下によってたかって叩きのめす。それと同時に、劣ったものに対しては、自分の優位を誇示するように進化した」とする。


そして、人間の思考の特性として「わたしたちは当然のように、被害と加害をセットで考えるが、被害者と加害者では同じ出来事をまったく異なるものと認識している」「わたしたちはつねに、『自分は正しい』という前提で生きている(『自分は間違っている』という前提に立つようになると、重度のうつ病と診断される)」は、確かにそうだよな…


バカの問題について「自分がバカであることに気づいていないことだ」は非常に厳しい。
が、筆者がそれの帰結として「地位をめぐって競争しているときに、高い地位につく資格がないことを自ら認めるのは致命的だ。こうして能力の低い者は、その事実を相手に知られないように、自分の実力を(無意識に)過大評価する。一方、能力の高い者は、相手も自分と同等の能力を持っているだろうと(当初は)想定する。なんの情報もないときに相手を見くびると手ひどいしっぺ返しを食らうことがあるし、共同体のなかで目立ちすぎると、多数派によって排斥される危険性があるからだ。その結果、能力に大きな違いがある二人が話し合おうと、賢い者が、バカにひきずられ、間違った選択をしてしまう」「バカを排除する以外に『バカに引きずられる効果』から逃れる道はない」と述べるあたりは絶望しかない…


自尊心についての記述も鋭い。「自尊心を巡る闘争ほどやっかいなものはない。面と向かって罵倒されたり、SNSで罵詈雑言を浴びせられることは、能の生理的反応としては、殴られたり蹴られたりするのとまったく同じに感じられる」「自尊心というのは、そのひと固有のパーソナリティというよりも他者との関係性で決まる」「私達はものごころついたときから、周囲に同調しつつも、自分を目立たせるという複雑なゲームをしている。わたしたちはみな自尊心が低く(同調する)、同時に自尊心が高い(競争する)ように『設計』されている」「ひとはステイタス=自尊心を守るためなら死に物狂いになるから、いくらでも自分を正当化する理屈を思いつく」のあたりは、本当に耳が痛い。


集団についても「人種差別は人間の本性ではない。本性は内集団と外集団に分割すること、すなわち『社会(帰属)による差別』」「脳の認知の限界を超えて、相手が匿名でも社会を成り立たせるためには、これ以外に方法はない」と鋭く分析。「内集団が成立するためには、原理的に、外集団が存在しなければならない。保守であれリベラルであれ、すべての共同体主義は『排外主義』の一形態」「殺し合いがもっとも残酷になるのは、遠く離れた集団同士ではなく、近親憎悪だ。日常的に接触のない相手は脅威にはならず、同盟や交易をした方がお互いにメリットがある」も、残念ながら人間の限界かもしれない…


人間の限界として述べられている「相手のことをとりあえず信用するのがデフォルトになっているのは、ヒトの本性が性善説だからではなく、能の認知能力に限界があるから」「人間は匿名の陰に隠れるとかぎりなく残酷になる」「夢の実現を強く願うと、脳はすでに望みのものを手に入れたと勘違いして、努力する代わりにリラックスしてしまう」「なにか悪いことが起きると、脳は、そこには原因があるはずだと(無意識に)考える。なぜなら、理由もなく不吉なことに出合うのはものすごく不気味だから」「記憶はある種の『流れ』であり、思い出すたびに書き換えられている」のあたりは、自分の実体験からも非常に納得できる。向き合いたくないことをズバズバ書いているな…


いろいろ思うところはある本だが、「わたしたちが無知なのは、現代社会がものすごく複雑だからだ。日常のあらゆる疑問に対して厳密な知識を得ようと思えば、2つか3つで人生が終わってしまう」は真実だと思う。
そして、生きる参考として「ぎすぎすした世の中に煩わされず、他者に『不道徳』のレッテルを貼って安易に批判せず、イヤなことがあっても『そのうちいいこともあるさ』と楽天的に考える。すくなくとも研究では、こらであなたの幸福度はずいぶん高くなるらしい」は大事な考え方。


良薬かどうかはわからないが、口に苦いし、考えさせられる一冊だ。

【読了】風来堂「地形と戦術で見る日本の城」

今年23冊目読了。旅や歴史などを取り上げる編集プロダクションが、全国の堅城57城を取り上げ、現地を歩いて描いた立体形縄張図とともに攻めと守りのポイントを説き明かす一冊。


少しずつ城郭マニアになってきたので、これも面白いかなと思って読んでみたが、あまりのマニアックさにびっくり。けっこう勉強しているつもりだが、天神山城(岡山県)とか萩城(山口県じゃなくて、石川県能登半島にあったとのこと)とか、不勉強ぶりを思い知らされる…


城には『攻』と『防』の2つのタイプがあるとし「『攻』の城は、敵国に攻め込んだ際の前線基地。攻め落とすべき敵の城と相対する位置に築かれる。突貫工事になるため、必要最低限の造作で済ませることも多く、また、使用されるのは一度きりで、その後放棄されてしまうことも珍しくない。一方、『防』の城は、敵国から攻め込まれた際の防御拠点として、自国と周辺国の境界付近の峠や山、本拠とする館の裏山に築かれる事が多い。自国内のため、築城に比較的年月をかけることができる。改修を繰り返して徐々に発展していくこともある」と区分を明確にする。


見る時には「『対敵』と『籠城』の2つの観点から見るとわかりやすい」、守備側のセオリーを考えるには「『高低差』と『角度』の2つの確保で優位性を活かして敵を撃退する」など、参考になる部分もあるが、これはマニアックすぎるな…

【読了】中井均「決定版 日本の城」

今年22冊目読了。城郭研究家にして滋賀県立大学教授の筆者が、名城の楽しみ方を網羅的に解説する一冊。


城郭検定の公式テキストに指定されているだけあって、非常に知識面で重厚な本。イラストや写真も多くて理解しやすく、読み物というより図鑑のような位置づけだな。


城の成り立ちについては「本来の城は、身を守るために築いた『軍事的な防御施設』。有事の際、人々は山に籠もり、敵の攻撃を防いだ。当初は山そのものが城だったのだ。やがて人工的な防御施設を持つ山城が出現し、戦国時代には居住空間も備えた巨大な山城へと発達していく」「もともと、山に城が築かれたのは、守りやすく攻め難いこと、もうひとつは眺望が良いこと」「山城の場合、山へ登らせないということが最大の防御」と述べる。


それが、時代を経て「信長、秀吉の時代に、城は軍事施設であるとともに、権威を『見せる城』という役割を付加された。また、御殿が築かれたことで、防御空間と居住空間が一体化することになった」となるのは、頭に入れておきたいところ。


筆者は、復元について「失われたものには失われた歴史があるのであり、その復元にこだわるよりも、現存する遺構を保存・活用すべきではないか」「軽はずみに復元建築を立てると、登城者に間違った知識を植え付ける怖れすらある」「往時の姿はイラストやCG、VRなどで楽しみ、それを参考に想像するのが、健全なあり方なのではないだろうか」という立場を取る。だが、本当にそうだろうか。古のやり方で建築・復元することの意義も、「技術継承」を含めて大事なのではなかろうか、と自分は考える。


余談ながら「眺望の確保は、城の役割や歴史を体感できる、大事な要素」は、確かにそうだなと思う。今は単なる雑木林でも、当時は綺麗に整備されていた山城はいくつもあるはず。

【読了】安川新一郎「ブレイン・ワークアウト」

今年21冊目読了。グレートジャーニー合同会社代表、東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員の筆者が、人工知能と共存するための人間知性の鍛え方を提言する一冊。


安定的に良書を薦めてくれる畏友の推薦図書だったのだが、これがまぁ想像以上!!今年最高の一冊かもしれんぞ。


まず、知能と知性の違いについて「『知能』とは、明白な答えがある問いに対して、素早く適切な答えを導く能力。『知性』とは、明確な答えがない問いに対して、その答えを導く能力」「意識や知能/知性が、身体の生命活動から来るという点が、Human IntelligenceとArtificial Intelligenceの最大の違い」という整理はわかりやすい。


脳の働きの仕組みは3つあるとし、「①生命/身体に関する仕組み。現生人類の脳を含むハードウェアとしての身体は、狩猟採集民族の頃から数万年変化しておらず、恒常性や周期性の性質由来の知能を持っており、それらが様々な情動や感情を引き起こす」「②脳に関する仕組み。脳の知覚、着想、思考という活動は、脳神経細胞が活性化し、シナプスにおいて複雑に繋がることで起き、ソフトウェアとしての脳はアップグレードもダウングレードもする」「③記憶と思考に関する仕組み。人間は本能的情動に仕える『古い脳』と、短期記憶と長期記憶の転送と想起によって深い思考を可能にする『新しい脳』を持っている」は、脳科学周りの本を読んでいると納得できる。


Human Intelligenceは6つのモードを持つに至ったと主張。「①運動モード:狩猟民族だった私達の動物としての知能。②睡眠モード:地球上の多くの生物が持つバイオリズム。③瞑想モード④対話モード:認知革命と精神革命による『知性』の誕生。⑤読書モード:印刷革命による知性の拡張。⑥デジタルモード:知的生産に向けたインプットとアウトプットの飛躍的効率化」という整理は、目から鱗だ。


鍛えるためのメニューとしては以下があり、特長もそれぞれに異なるとする。
運動モード:「メニュー①:全ては低強度の運動を週3回やることで解決する。メニュー②:距離移動と非日常空間で脳の働きは活発に学習する」「人間の脳は外に出て移動し、時に運動し、様々な刺激に出会う時に、最も活性化する」
睡眠モード:「メニュー③:深い睡眠で記憶を固定化し、浅い睡眠で感情を整理する。メニュー④:睡眠を徹底してパーソナルかする。メニュー⑤:夢を意識して自分の心の中の本当のメッセージに気づく」「夢の機能は、危機のシミュレーション、創造性の発揮、自己の感情への気づき」
瞑想モード:「メニュー⑥:観察による『今、ここ』への意識の集中と自己との対話。メニュー⑦:瞑想と家事でDMNを落ち着かせひらめきを得る。メニュー⑧:自己と世界との一致。自我(エゴ)から自己(セルフ)へ」「徹底的に、自分と世界の境界をなくし、世界の現実と向き合う行為、それが坐禅による瞑想」
対話モード:「メニュー⑨:人々の意識を変えていく『声の力』を再認識する。メニュー⑩:『対話』を理解し、『聞く』と『聴く』を正しく使い分ける。メニュー⑪:同じ目線で傾聴し、目的なく語り合う時間を作る」「対話は議論と違って、一人の人が話していることを他の人が傾聴することが本質」
読書モード:「メニュー⑫:興味のあるテーマを決めて、積読から始める。メニュー⑬:同テーマの複数の本を、同時に読む。メニュー⑭:紙の本に『徹底的に書き込む』ことで著者と対話する。メニュー⑮:著者と格闘し、脳細胞を鍛え、独自の思考様式を手に入れる」「読書モードとは、文字情報を短期記憶で読みながら、理解した抽象概念の塊を長期記憶へ移していく脳のプロセス」「究極の読書とは著者との全人格的な対話、融合、同化」
デジタルモード:「メニュー⑯:メモ帳アプリで情報を『固定化』し、『規格単位化』する習慣。メニュー⑰:情報の一元管理+発酵で、『自分だけの知の生態系』を構築。メニュー⑱:単位化された情報を組み合わせ、アウトプットし、共有する。メニュー⑲:マルチスクリーンとSNSでアウトプット作業を効率化。メニュー⑳:生成AIの活用で、インプットとアウトプットの幅を広げ、効率化する」
6つのモードのワークアウト全体に関するポイントとして「A:脳の働きの役割と特徴を理解する。B:モード生成の順で優先順位をつけ、最適な時間配分をする。C:脳を使うときの身体感覚と周辺環境を強く意識する」


AI時代にどうなるのか。「所属組織やポジション、学歴などの属性に依存せず、『人間にしかない知性から価値を生み出せる人』か、『AIをうまく活用し、圧倒的に生産性を改善できる人』、もしくはその両方ができる個人が活躍する時代が到来した」。AI普及の懸念として「①輪郭のぼやけた誤情報の拡散②身体知を学ぶ機会の喪失③批判的思考力の低下④監視と思想統制と文明の分断」を指摘。そして、AIが人間を完全には超えないという立場を取る筆者は、その理由として「①生命の自律性と意味を理解する力の有無②真実とされていることに対する懐疑的な姿勢と批判的思考③正解のない問に対する倫理的道徳的判断」を挙げる。
ブレインモードの価値はさらに高まるとして「①運動モード:身体知と感性。②睡眠モード:ゆとりと着想。③瞑想モード:意識と創造。④対話モード:精神性と遊興。⑤読書モード:探求と俯瞰。⑥デジタルモード:新たな身体知、さらなる拡張」と指摘する。すごいなぁ…


その他「本当の知的生産活動を行うときは、容量に制限がある作業記憶をフル稼働させる必要があるため、シングルタスクが原則」「『ながら行為』で時間を効率的に過ごしているつもりが、最も大切な脳のモードを壊している」「日本人に特有の長時間労働と慢性的な睡眠不足は、高度成長期の悪しき残滓」「2000円~3000円程度の名著に出会うことができれば、大抵の問題の答えはそこに書いてある」「専門領域の研究者でない多くの人にとっては、『ことの本質の大づかみの理解』が大切。それは知識を理解する目的が、さらなる知識の探求ではなく、その理解に基づく実践や行動の変容を目的としているから」「デジタルモードに長く浸ってしまうと、読書モードに影響を与え、深い批判的思考ができなくなってしまう」「自分の記憶は全くあてにならない。だからこそ、とにかく『記録すること』を基本動作として習慣化させることが重要」のあたりの言及もとても参考になる。すごい情報量と構造化の力だ…圧倒される。


人間はどうあれば人間らしくいられるのか。「生命としての性質として、既存環境に適応することに甘んじることなく、無限に新しい環境と新しい変化を求め続ける」「アウトプットとして価値提供することを意識し、その情報の受け手を想定することで初めて、私達は何らかの知的生産の技術を要求され、具体的に行動を起こし始める」のあたりが鍵だと感じた。


分厚い本だが、インパクト抜群。頭の整理が半端ない…ぜひ、一読をお薦めしたい。

【読了】東京大学広報室「素朴な疑問VS東大」

今年20冊目読了。大学活動を広める広報室が、「なぜ?」から始まる学術入門をする一冊。


体、身の回り、自然科学、環境に関する素朴な疑問41個を学術的に解き明かすというプロセスはなかなか面白い。読む人によってポイントは全く異なるだろうが、興味深く読めた。


自分が気になったのは「疲れると眠たくなるのは、カルシウムイオンが神経細胞に入るから」「楽しい時間があっという間に過ぎるのは、心の時計を早送りする神経伝達物質が出るから」「利き手と非利き手があるのは、二つの手をうまく協調させて動かすため」「あいうえお、あかさたなの順は、密教の僧侶が梵字を勉強したから(インドの字母表の配列に従っている)」「電化が温暖化防止に必須なのは、電力は将来100%非化石エネルギーで作れるようになるから」「温暖化が進むと、日本の梅雨は災害につながる豪雨が各地で増えそう」のあたり。これは人によってだいぶばらつくだろうな。


あと、心に響いたのは「基礎研究は、『これは世の中に役に立つぞ』と予想するものではない。目の前に謎があるから、それを知るために実験をし、答えを見つける。その過程は楽しく、喜び」「過去は将来を解く鍵」のあたり。これは全ての真実ではなかろうか。

【読了】ブルース・シュナイアー「ハッキング思考」

今年19冊目読了。ハーバード・ケネディ・スクールで教鞭をとるセキュリティ技術者の筆者が、「強者はいかにルールを歪めるのか、それを正すにはどうしたらいいのか」を考察する一冊。


ハッキングというとコンピューターの世界だけに感じるが、実は社会システムに対してもそうだ、と筆者が切り込むところが非常に興味深い。


世の中が『強者総取り』に近づく仕組みを「金持ちの多くはルールが自分たちにも当てはまるということを受け入れない。あるいは、少なくとも自分たちの利益のほうが優先されると、当たり前に思っている。その結果、金持ちはいつの世にもシステムをハッキングする」「市場経済にハッキングを呼び込むのは財力であり、それで利益を得るのは富裕層」「ハッキングは寄生的であり、ほとんどが権力のある富裕層によって実行され、それ以外の全員を犠牲にして成り立っている」「結果が軽微なものであり、アルゴリズムが発覚しないうちは、ハッキングが起こっていることに誰も気づかないかもしれない」「力を持たない者のハッキングは違法と判定され、ハックは不正になる」と、ハッキングをベースに捉えるというのは実に斬新ながら、確かにそう感じる。


ハッキングについての「社会システムは信頼の上に成り立っており、ハッキングはその信頼を失う」「システムは階層が上がるほど一般性が上がり、上のシステムが下のシステムを支配する。そしてハックはどのレベルでもターゲットにできる」「ハッキングは、世の中をよくする力になりうる。大切なのは、良いハックを後押ししつつ、同時に悪いハックに歯止めをかける方法を理解することであり、両者の違いを知ることだ」「ハッキングは、システムの規則や規範を打ち破って、システムの意図をくじく。いわば『システムの逆手を取る』。ハッキングは、不正行為とイノベーションの真ん中に位置している」「ハックは、脆弱性とその脆弱性を利用するしくみで成り立っている」「ハッキングは狙ったシステムに対して強すぎてはいけない。ハッキングが成立するにはシステムが存続しなければならないからだ」というフレーミングは確かにそうだと思う。
また、テクノロジーの脅威について「テクノロジーは、その変動の幅を変える。短期的な上下の変動は激しくなっており、長期的な軌跡には影響しないだろうが、その短い期間を生きる人すべてにとっての影響は甚大」「コンピューターとAIの技術が組み合わさると、速度、規模、範囲、複雑度という4つの次元でハッキングは加速する」と鋭く指摘するあたりも共感できる。
AIについての「人間の言語と思考においては、目標や願望が常に言葉たらずで終わっている」「AIが人間に思いも寄らなかった解決策を見つけるのは、人間が共有し当然だと思っている文脈や規範、価値観という観点では考えないから」という言及はなるほどとうならされるし、AIによるハッキングから社会を守るために、筆者はガバナンスシステムとして「①迅速さと正確さが必要②できる限り多くの視点を持つ③プロセスと裁定は公式に透明である④構造、機能、意思決定力、アプローチを短時間で進化させるメカニズムが必要」と主張するあたりも納得。


人間の特性から「虚偽情報は、注意力、説得、信頼、権威、同族意識、あるいは恐怖などの裏をかくハック」「信頼に向けられる私たちの認知システムは、個人を信頼することに基盤を置いている」「人はデータよりも物語に基づいてリスクに反応する」と読み解くあたりも面白いし、「フェイスブックYouTubeが両極端を目指しているのは(1)ユーザーの関心に基づいてアルゴリズムが最適化した結果、両極端なコンテンツが表示されるようになった(2)そこから生じかねない問題を、経営陣が度外視すると決めた、が理由」は空恐ろしい…


では、世の中はどうすればよいのか。セキュリティ技術者故の「ハッキングの対策は『原因になっている脆弱性をなくすこと』『ハックの効果を下げること』『事後にハッキングを検出して、そこから復旧すること』『悪用されないうちに脆弱性を発見すること』」「私たちが構築しなければならないのは、ハックに速やかに効果的に対応できる回復性を備えたガバナンス」という言説は非常に納得できる。なかなか読みにくいが、面白かった。


余談ながら、アラフィフとしては「ソウルオリンピックで、アメリカのデビッド・バーコフと日本の鈴木大地は背泳ぎをハッキングした。プール長辺の過半まで潜水で進むという泳ぎで驚くべき記録を打ち立てたのである」のくだりは確かにそうだなぁと感じた。なるほど…