今年76冊目読了。青山学院大学理工学部教授の筆者が、分子生物学者になったきっかけ、経緯、その後を分かりやすく書き表したエッセイ集。
軽く読める筆致ながら、その洞察力と、それを伝える文章力に引き摺り込まれる。
人間の興味のきっかけについて「ある種のデザインに対する希求と探究」とした上で、「世界はなお謎だらけなんだ、という感覚は自らの気づきからしか生まれない。そして学ぶことへの希求はその気づきから出発する」と述べる。
生きる上で大事なこととして「何か好きなことがあること、そしてその好きなことがずっと好きであり続けられること」「難問がある。それを解くために的確なモデルを選ぶ。目的に向かってがむしゃらに仕事をする。すると次々と扉が開かれていく」「真実はいつも、とても小さな声でしか語られない、それゆえそっと耳をすませなければならない」「パニックになるな。まずは冷静になれ。どんなことにも糸口がある。山と空の境目を見るんだ」を挙げる。
生物の特性についての指摘も興味深い。「男は女よりも少しだけ足りない存在として生まれてくる」「蒐集行動は、不足や欠乏に対する男の潜在的な恐怖の裏返しとして生まれ、現在にいたる」「私たちの直感はそれほど変化しないまま、今や生活圏と体験はネットやメディアによってバーチャルなものとして地球規模にまで拡大している」「私たちは事実を虚心坦懐に見ているのではない。私たちは見たいものを見ているのだ」「美しさはいつも私たち人間の認識の内側にだけある」「なつかしさの正体は、モノやコト自体にあるというよりも、その時の自分がなつかしいのであり、一種の自己愛」「生命のあり方は常に周りの環境によって変わりうる」など。
教育者としての視点も、深い。「じかに語りかけるべきことは、私自身が、知ってうれしかつこと、学んで面白かったことにほかならない。それ以外の何に、教えるだけの価値があるというのだろう」「教育。学び。子育て。…あるいは私たちの人生そのものも。そこに効率はなく、プロセスだけがある。そして大切なのは一進一退のプロセスをいつくしむということなのだ」は、感じ入る。
「こんな鮮やかさがなぜこの世界に必要なのか。いや、おそらく私がすべきなのは、問いに答えることではなく、それを言祝ぐことなのかもしれない」という締めのフレーズも、最高。ハカセっぽくない語り口に、視点の鋭さ、生物への溢れる愛が満ちている。軽く読めて、深い。これはホントに良書だ。