世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】宗田好史「インバウンド再生」

今年65冊目読了。京都府立大学副学長・和食文化研究センター長の筆者が、コロナ後への観光政策をイタリアと京都から考える一冊。


旅行業に関わる者として、興味深く読んだ。色々な場面で「コロナ禍は、それまでの課題を顕在化させただけ。元々、どこかで取り組む必要があった課題が、それぞれの業界にインパクトを持って現れてきた」という話は出てくるが、本書もその論調で、まぁまぁ納得できる。


そもそも、観光とは何か。「観光の本質は文化交流。我々日本人が海外旅行を楽しみ、留学で何を学んできたか、何を手に入れてきたかを思い出してほしい。今、われわれは迎える側になった。日本を見たい人、知りたい人、愛する人、憧れる人を拒んでいいのか?」「観光市場では常に消費者が若返るため、歴史都市の事業者は日々の変化に対応することが必須になる。観光があれば、地方の都市でも自宅に取り残されることなく、変化に対応し続けていける。人口は少なくても、その何十倍もの観光客が押し寄せ、外の世界の新しい価値観を運んでくる」と、そのインパクトを強調する。


コロナ後の観光については、インバウンドについては「日本は、世界的に人気が高い観光地になった。だから外国人観光客の回復は比較的早いだろう。ただ、急激なインバウンドの増加とそれに伴い急増した新規参入事業者がもたらした混乱を上手に収める必要がある」「ただ受け入れるのではなく、観光客を制御する仕組みが要る」とする。その上で「若くもないのに新しもの好きで、お金もないのに贅沢な観光にいそしんでいた日本人は、不急不要な旅行を控えることを学んだ。だから本当に必要な旅の姿を模索し始めた。急増したインバウンドに反発し、コロナショックで自らの観光行動を見直し、外国人観光客を受容しつつ、新たな観光文化を求めていくのだろう」と述べるが、これはいささか楽観的すぎないか。抑圧は、むしろ解放を生んでしまい、そんなに簡単に内省に向かうとも思えないが…
だが、「『都心シフト』に支えられた『高価格・高品質化』と『デジタルシフト』『アジアシフト』はコロナショックからの回復とその後の持続的な観光に繋がる道」というのは理解できる。


第二次世界大戦後の観光の歴史についての詳細な記述は、やや読み疲れるものの、「1989年8月にハンガリーオーストリア国境の町ショブロンで起こった大きなピクニックは、国際観光の意味を大きく変えたのかもしれない。それぞれ異なった文化を持った人々が、国境を越えて互いの文化を触れ合わせることで社会を変える大きな力を得る。社会が変わり、国境を越える人が増えると、それぞれが少しずつ発展していく」は、社会文化論としてもとても面白い見解だ。


昨今の観光地の問題として「一般の観光客はインターネット、あるいはテレビで一方的に紹介され、混雑している観光地に誘導されている。今では安いからというよりも、簡単に手に入るネット上の情報に踊らされているからだろう」「景観政策がなければ、外国人観光客を当て込んで建てたホテルが景観を壊してしまう。無謀な事業者は秩序を知らず、まして景観の価値も知らない」と警告。「観光客をこれ以上増やせないとなると、経営戦略を変える必要がある。観光客を分類し、大量に買ってくれる中国人では回転率を上げて稼ぎ、違いの分かる欧米人の日本人にはよいものを選別してもらう代わりに利益率を上げる。中国人客の回転率を上げるために、もちろん値段は下げる」ことを提言する。


では、今後どうすればよいか。筆者は「人々の創造性を生むプロセスをデザインすることが、観光ビジネスを巡る政策になる」「下手に観光プロモーションをして初心者を増やさないほうがいい。観光客の制御もできないのにプロモーションしてはいけない。龍笛制御、質的制御それぞれの方法で上手にバランスを取るから、責任をもって誘致できる」として、8つの戦略を提言する。
「①正確な観光統計による把握と観光客の制御②人口減少に即して施設は縮小しつつ再生する③地元の人が働く職場を優先する④小ささを活かすなら厚利少売⑤観光とネット通販で世界と結びつく⑥お洒落に暮らす地元住民の生活文化で惹きつける⑦町のヘビーユーザーをつくる⑧観光と交流から新しい生活文化を生み出す」がそるだが、総花的に既存の概念を整理したぢけで、目新しさはない。また、京都というメガ観光地を前提としており、これを当てはめられる観光地は少ないだろう。


観光の魅力は理解しているつもりだったが「そこに生まれ、住んでいるからといって、その都市の歴史や文化に詳しくはなるわけではない。文化はモノではなくヒトに宿る。その場所に暮らす人々の心の中にある。だから文化とはその文化を持つ、より多くの人々と交流し、歴史文化を語り合うことで身につくものである」「観光とは日々変化する多様な人々の文化的行為、精神の活動である。その変化を詳しく、丁寧に捉える視点が必要になる。都市に暮らすということは種に他人から見られることでもある。その都市で、それも外国人観光客が多い都市で、自分と他人から両方からどう見られるかを意識することが文化変容のきっかけになるだろう」という視点は盲点だった。それは本当にそのとおりだ。


最後の「日本で楽しく過ごしてもらおう。そして、リスペクトされるホストであろう。ルールをつくり、上手に受け入れられる観光まちづくりを進めよう。世界の人々とともに、彼らとわれわれの文化を発展させようという機運が高まることを期待したい」という筆者のメッセージに耳を傾けて、「日本の良さを磨き上げるための観光」という産業を、単なる消費財ではなく、育む未来への扉としたいものだ。