世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】ダニエル・デフォー「ペスト」

今年39冊目読了。ロビンソン・クルーソーの著者が、ロンドンの1665年に発生したペスト流行下での人々の動き、考え、などを淡々と述べていく一冊。


新型コロナウィルス(COVID-19)が猛威を振るっている2020年4月という今のタイミングだからこそ、読んでみた。そこには、疫学的な違い(今のほうが勿論格段に進歩している)はあるものの、人間の変わらぬ行動様式や考え方が浮き彫りにされていた。


実は、ペストとコロナには類似点がある。それは「感染は、知らず知らずのあいだに、それも、見たところ病気にかかっている気配もない人たちを通じて蔓延していった」「自分でも病気のことに気づいていない、そういう連中は、あらゆる場所で、また行き合うあらゆる人に向かって、いわば死の息を吹きかけている」「自分が病気にかかっておりながら、気が付かないという人はずいぶん多かった」ということである。これによって、人は恐怖と疑心暗鬼にかられ、コントロール不能に陥っていくのだ。


疫病が蔓延していく中で、人の心がすさんでいく様子の描きっぷりが凄い。そして、人間というものが(この場合は悪い意味で)慣れてしまう動物であることがまざまざと見せつけられる。「のちになってからは、人々の心はすっかり麻痺してしまい、眼の前に漂う死の影に慣れてしまった」「だんだん病気になれてくると、もう初めのころとはうって変わって、平気でお互いに往来する、しかも相手が現に病気にかかっているにも関わらず往来する」「市民は捨て鉢になって、どこにでも、どんな人込みの中にでも、出かけていった」といったあたりは、もう少し日本も状況が進んでいけば陥りかねない。まさに「疫病疲れ」にとらわれた、と言わざるを得ない。


そして、圧倒的な絶望を前にした時の人の思考停止についても述べている。「死の脅威が目前に迫っているために、他人に対する慈愛の心だとか同情の念などがあとかたもなく消え去っているというのが実情」「すでに病気にかかった者たちのあいだには、こんどは病気を他にうつしてやろうという恐るべき傾向があるらしい」「市民は恐怖のあまりみずからなすところを知らず、いっさいを投げ出してしまった」など。本音を言えば、気持ちはわかる、というやつである。しかし、そんな中でもいかに「考える」ことを諦めずに向き合い続けるか。人間としての強さが問われている、とも感じられる。


著者は、いわゆるロックダウンには否定的。「厳重に監禁されることの苦しみが結局人々を自暴自棄におちいらせ、前後の見境もなく家から飛び出させた」「家屋閉鎖は結局有害であった、患者が疫病を身につけたまま家を飛び出して市中を徘徊するに至るのも、これはもとはといえば閉鎖の然らしめるところであった」としている。確かに、監禁生活は非常にストレスが溜まる。現代社会が保有している強力な武器であるインターネットをうまく活用し、「閉鎖」という心境をやわらげることは必須と感じる。


新型コロナは第二波、第三波があると言われているが、これにも気を引き締めなければならない。「死亡者数の急激な減少を見て欣喜雀躍した連中は、もうすっかり大胆になっており、今更何を言っても受け付けようとはしなかった。何と説得しようとしても、死の危険は去った、ということ以外に何も理解しようとはしなかった」は、まさに人間は見たい情報しか見ない、という特性を表している。このようなことは繰り返してはならない。


このときはロンドンでの流行であったため、著者は「疫病に対する最良の対策はそれから逃げ出すこと」と述べているが、今の世界はそれができない状況なんだよな…


今回の新型コロナの災厄を、人類が考え方や行動を変容させ進歩するきっかけにすべきだ、という意見は多く、自分もその考えに賛成するが、筆者の描き出した当時の人類の行動はかなり暗い見通しを示す。
「いつも心配したといってもほんの当座だけのことにすぎなかった」「死そのものと対決すれば、あるいは死をもたらす病気と対決すれば、われわれの癇癪の虫も、いっぺんに消えてなくなり、われわれの間から悪意なぞもなくなってしまうであろう。(中略)しかし、病気の恐怖が減じるとともに、このような現象も、以前のあまりかんばしからぬ状態にかえっていった。旧態依然たる姿に戻ったのである」「市民の一般的な生活態度は昔どおりであって、ほとんど何の変化も見られなかった」…耳が痛い。喉元過ぎれば熱さを忘れる、というのは万国共通なのか…


著者は「人間の心は、恐怖というものに一度とりつかれると、理屈だけではどうにもならないものである」と述べる。確かにそうだが、「この恐怖のパターンはすでに経験済みである」ことを教えてくれる本書がある、そしてその情報を知っている、ということは恐怖にとりつかれることを回避する重要なカギになる。なんとか、この名著の伝えるところを学び、今回の新型コロナウィルス対応(感染予防ということだけでなく、自らの心理状況を保ちつつ成長していくこと)に繋げていきたい。この本を読まざるを得なくなったことは悲しいことだが、それを機会に転換させたい。そう思わせる「まさに今読むべき本」である。