世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】紀田順一郎「二十世紀を騒がせた本」

今年96冊目読了。近代史評論家である著者が、社会を騒がせた活字について当時の時代背景とともに紹介する一冊。

これは非常に興味深い。二十世紀の特性として「無定型の大衆社会はちょっとしたバグによって急激なシステムダウンを起こし、予想もしない方向に走り出す暴走の癖がある」「システムがけっして自己総括を行わない。自己批判を嫌う体質が問題を拡大する」「高度工業化社会、管理社会による人間疎外が性を商品化し、より過激な、より刺激的な生を売り物にするようになった」などの指摘をするのは非常に至当と感じる。

また、紹介されている本もいずれもまさに「時代を騒乱させた」本。オーウェル1984年」、フロイト「夢判断」、ヒトラー「わが闘争」、ロレンス「チャタレイ夫人の恋人」、ミッチェル「風と共に去りぬ」ルィセンコ「農業生物学」、ボーヴォワール第二の性」、カーソン「沈黙の春」、ソルジェニーツィンイワン・デニーソヴィチの一日」、毛沢東毛沢東語録」、ラシュディ悪魔の詩」。これらを、時代背景を読み解きながら実に丁寧に解説してくれる。今の「後知恵」で読んでも「なんでこれが世の中を騒がせた?」と思うだろうが、やはり「渦中にいると見えない」ものは、山のようにあるということだ。

1993年の著書だが、今後について「文化の差異は相互のそれについての理解と知識によって埋めることが可能であろう。問題は文化の交流に国家観や民族意識の相違、政治経済の支配関係からくる対立などが介在せざるをえない場合が多い事」「たった一冊の書物が世界的に革命の起爆剤になったり、大きなスケールで人々の意識を変えたりするような現象は、急速に失われていくような気がする。そのようなことは、あくまで活字がメディアの主流であった二十世紀までで終わるのではないだろうか。ビジュアルな書物は増えるかもしれないが、ほかのマルチメディアの発達を考えると、これまでの活字文化ほどの力を発揮できるとは信じられないのである」との見方はけだし慧眼。しかし、印刷された形かどうかは別として、やはり「言語」の力は大きなものがある(YouTubeですべて伝わるとはやはり考えづらい)。そこを見据えながら、21世紀を生きる必要があろう。

【国宝】伝源頼朝像

神護寺。似絵は、藤原隆信が創始してブームを巻き起こした。等身大の絹に描いた着色画。本作は、三幅を奉納した際の「足利直義願文」から、足利直義とする新説があるが、当否は不明。位の高さを表した強装束、冠の後ろに垂直に立っている巾子(こじ)に髻を入れ、根元に笄(こうがい。髪留めの具)を挿して冠が落ちないようにしている。袍(ほう。上衣)には輪無唐草が描かれている。
正面の平たい帯は平緒と呼ばれる、毛抜形太刀の緒。桐鳳凰が金泥で描かれている。柄頭(つかがしら)にかぶせた兜金から垂れているのは手抜緒。
恐らく中国から輸入した絵絹(143センチ×122センチは国内では作れない)。他に藤原光能平重盛。直線的な三角形構図が威厳を示す。

実際に見ると、その壮大さに驚かされる。教科書のイメージから、もっと小さい絵画のように感じていたが、迫力に圧倒された。しかも、京博の「国宝展」で見たので、三幅同時に拝見する事ができ、存在感の凄さ、武家の力に感じ入った。通常は、虫干しのときにしか見られないので、機会があれば、是非。

f:id:worldheritagemeister-k:20190907234950j:plain

【読了】三島由紀夫「潮騒」

今年95冊目読了。昭和を駆け抜けた名作家の著者による、清純な恋の牧歌的小説。

端的に言って「綺麗すぎる箱庭的な小説」。三島由紀夫自身の人生への向き合い方、ストイックさ、燃える情念とその最期を考えると、あまりにも予定調和の綺麗さにまとまっている。後書きを読むと、ギリシャの話を下敷きにして日本版に換骨奪胎している、とのことだが、それにしても、主人公が純粋過ぎる。

確かに、情景表現、感情表現はさすがの巧さだが、人間の本質をえぐり出す力強さは感じない。三島由紀夫という癖の強いバーに入って、スポーツドリンク飲まされたような感じだ。

逆に言えば「三島は、こんなのも書けるんだ…」とも思う。40を過ぎて味わい深く読める本ではないかもしれんな。

【読了】鈴木英生「新左翼とロスジェネ」

今年94冊目読了。毎日新聞記者の筆者が、失われた世代の視点から新左翼の精神の系譜を書き記した一冊。

いわゆる「ロスジェネ」と呼ばれる世代の現代の閉塞感には、新左翼の勃興期から存在した「自分探し」が通奏低音として繋がっている、というダイナミックな着想。しかし、この本が書かれたころ(2009年)には蟹工船ブームもあったりして、確かにその説には一定の説得力があると感じる。

著者は1975年生まれであり、ロスジェネ該当者なので、新左翼の体感は全くなく、筆者自身が認めているとおり「当時の発行物に頼った」書き方になっている。とはいえ、「自分探しが生じた主な原因は、終戦共産党の権威失墜、高度成長に伴う社会と大学の変化」「かつての人々を自分探しから新左翼運動に流し込んだ仕組みは、大枠で言えば実存主義疎外論」「蟹工船は、貧困→連帯、新左翼学生運動は自分探し→連帯、今の若年層は貧困+自分探し」「高度成長による社会全体の均質化は、人々を平等で豊かにした一報、共同性を破壊することで、人間関係や精神的な面での溜めを奪った」「購買力以外で個々人の力を肯定する力が失われた」など、納得する論述が多数。

逆に、当時の人々に今インタビューが(仮に)可能だったとしても、当然、彼らは後付け的に自分たちの行動を正当化するだろうし、その記憶は美化されてしまう。そう考えると、著者の手法はあながち間違っていないのではないだろうか。

一般則としても「あまりに締め付けすぎたり、いじめすぎたりすれば、もともとはまったく過激ではない人たちでも場合によっては暴発する」「「死というものを意味づけようとすることは、必ず人を不自由にする」などの指摘があり、非常にわかりやすい。

往時の空気感、新左翼の系譜などが勉強になる良書だ。

【読了】半藤一利「ノモンハンの夏」

今年93冊目読了。歴史作家である筆者が、ノモンハン事件における作戦意志決定の流れを検証し、秀才揃いの作戦将校たちの無能、楽観、優柔不断が引き起こした惨事を厳しく糾弾する一冊。

帝国陸軍の作戦将校が起こした「人災」ともいうべきノモンハン事件。作戦将校といえば、陸軍大学校を首席で卒業するようなエリート中のエリート集団であるが、それが「参謀本部」と「関東軍」という本社・現場のような関係性の中で、現実を無視した愚かな意志決定を繰り返すザマをこれでもかと描き出す。

正直、読んでいてげんなりするし、情けなくなる。こんな先人たちの愚かなる失敗の積み重ねの上に現在の日本があるのか…と思うと、本当に嫌になる。しかし、「一定の戦理や理論にもとづいてつくられた冷厳な作戦方針が、仲間内にあっては、多分に情緒や空気によって支配されてしまうことがある」「『過激な』『いさぎよい』主張が大勢を占め、『臆病』とか『卑怯』というレッテルを貼られることを最も恐れる」「戦場において、戦う将兵が必勝の信念をもって、敵をのぞんでかかることは必要なことである。しかし作戦をたてる参謀や、全軍指揮の任にある師団長までが抽象的な必勝の信念を抱きすぎて、敵を弱いとのんでかかるのは危険この上もない」「反省するには謙虚さが必要なのである」などの記述は、先人たちを厳しく叱責するだけではいられず、自分にもその悪癖があることを認めざるを得ない。

また、秀才に対しても手厳しい。「子供のころから社会的には目隠しされたまま、成績と履歴によってそこまできた人物でしかなく、人間的にとくにすぐれているわけではない。かれら秀才とはそれでなくとも常に主観的にものをみる人びとである。そして正しいとしていることが踏みつけられると、躍起となるか、ふてくされる。プライドを傷つけられることは許さない」…なるほど、けだし慧眼。

「組織は常に進化しそのために学ばねばならない」という言及は、ノモンハン事件から80年が経った今でもなお、日本人が「学びきれていない」部分であり、日々留意すべきことだろう。すべての官僚組織においては、新人時代にこの本を通読するべきではなかろうか。

【読了】佐藤航陽「お金2.0」

今年92冊目読了。株式会社メタップス代表取締役社長の筆者が、新しい経済のルールと生き方を書き記した一冊。

〈お薦め対象〉
今後の社会、経済がどうなるかに興味のある人
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★★
〈実用度(5段階評価)〉
★★★★★

自分の問いは3つ。
『人間の行動特性は何か?』には「新しいものが出てきたとき、それに似た業界の前提知識があると、ついそれに当てはめて新しいものを見てしまう。不確実性がまったくない世界では、想像力を働かせて積極的に何かに取り組む意欲が失われる。他者より比較優位にありたいという欲望が、人間が継続的努力をする原動力となる」。
『今後、世の中はどう変化するか?』には「可視化された資本ではなく、お金に変換される前の価値を中心とした世界に代わっていく。複数の経済圏が併存し、選択肢があることによって多くの人ががリスクを取って積極的に活動をする。人生の意義・目的は欠落・欲求不満から生まれるが、あらゆるものが満たされる世界になり、人生の意義や目的こそが逆に価値になる」。
『変化する時代の中でどう生きていくか?』には「ある仮説が思い浮かんだら、ビジネスなどの現実世界に当てはめて実験してみる。他人に伝えられるほどの熱量を持って取り組めることを探す。枠組みの中での競争でなく、自分なりの独自の枠組みを作る」。

とにかく、読みやすくて面白いので、一気に読んでしまった。お金と経済をこんなふうに定義する、というのは想像だにしなかった。「未来の方向性を決めるベクトルは、お金、感情、テクノロジー」「テクノロジーの変化を線でとらえ、バズワードよりも変化をひとつの現象として理解する。」「好奇心と想像力を絶やさない」など、強く頷く記述多数。こうしたことに目を向けることができている人は強いし、こういう考えを知ることで様々な思考、アイデアが出てくる可能性がある。既存の知識のみ、延長線上のみでは未来はない。まさに「変化するものが生き残る」時代において、一つのいい知見を提供してくれる。ぜひ、一読をお勧めしたい。

【読了】養老孟司「バカの壁」

今年91冊目読了。東京大学名誉教授にして解剖学者の筆者が、人間の脳が陥りやすい罠と、それへの対処の仕方を書き記した一冊。

〈お薦め対象〉
すべての人
★★★★★
〈実用度(5段階評価)〉
★★★★★

自分の問いは3つ。
『人間が陥りやすい罠は?』には「自分が知りたくないことについては自主的に情報を遮断してしまっている。現実はそう簡単にわかるものではない、と真剣に考えず、正さを安易に信じる。一元論のほうが楽で、思考停止状況が一番気持ちいいから、原理主義が育つ」。
『人間社会の原則は何か?』には「人間の脳は、できるだけ多くの人に共通了解を広げることで進歩を続けてきた。健康な状態というのは、プログラムの編成替えをして常に様々な入出力をしていること。意識にとっては共有化されるものが大事だが、個性を保証していくものは身体であり、意識に対しての無意識」。
『生きていくうえで留意すべきことは?』には「普遍なのは情報であり、人間は流転する。学んだことと行動が互いに影響しあわなくてはいけない。自分には無意識の部分もあるのだから、という姿勢で意識に留保をつける」。

この本が大ブームを巻き起こした時には、まだ年間10冊程度しか本を読まず、しかも知的好奇心が薄かった故に手に取ることがなかった。出版から14年経って初読したが、これは面白すぎる。「組織が求める個性を発揮せよ、というのは矛盾した要求」「都市に住むと、意識の世界に完全に浸りきってしまうことで無意識を忘れてしまう」「自分が面白いと思う事しか教えられない」「すべてのものの背景には欲望があり、それをほどほどにすべき」「脳は、役に立たなくても入出力をくりかえしてグルグル回さないと退化する」など、「ああ、なるほど!!」と思わされる記述多数。

タイトルにもなっている「バカは、壁の内側だけが世界で、向こう側が存在することすらわかっていない」という状況に、自分も陥っているわけで…深く自省したい。とにかく、これは一読をお勧めしたい。