今年76冊目読了。京都産業大学教授、大阪大学名誉教授の筆者が、砂糖を切り口に近代史の流れをわかりやすく描き出す一冊。
畏敬する友人がお薦めしていたので読んでみたら、なるほど、これは良書だ。岩波ジュニア新書だが、大人が読んでも十分におもしろい。
そもそもの砂糖の特長について「砂糖は、おおかたの人びとに好まれるから、とくに『世界商品』になりやすい性格をもっていた」「16世紀以来の世界の歴史は、そのときどきの『世界商品』をどの国が握るか、という競争の歴史」「16世紀から19世紀にかけて、世界中の政治家や実業家は、砂糖の生産をいかにして握るか、その流通ルートをどのようにして押さえるか、といった問題に知恵をしぼってきた」「『世界商品』になるほど大量に砂糖がつくれるのは、砂糖きびと砂糖大根(ビート)しかない。砂糖大根は、19世紀になってヨーロッパでつくりだされたものなので、それまでは、砂糖きびの独壇場」と指摘。
そのうえで、砂糖きびの特性から「砂糖きびの栽培には、適度の雨量と湿度が必要なうえ、その栽培によって土壌の肥料分が消耗して土地が荒れるため、つぎつぎと新鮮な耕地を求めて、どんどん移動していかなければならない」「カリブ海の島々は、その風景も、そこに住む人間の構成も、社会構造も、経済のあり方も、いずれもが、砂糖きびの導入とともに、つぎつぎと一変してしまった。こんにち、カリブ海の島々は人々の生活水準そのものが劣悪で、『開発途上国』といわれる状態だが、そのおおもとは『砂糖革命』にあった」「絶滅させられたカリべ族や、アフリカからつれてこられた黒人奴隷たちの汗と血と涙をもって、砂糖はつくられ、ヨーロッパ世界に、だれにも好まれる『世界商品』のひとつとして輸出された」が、18世紀にはイギリスが奴隷制度を廃止し「奴隷制度に頼るブラジルやキューバの進出の前に、イギリス領のカリブ海植民地の砂糖生産は、急速に競争力を失っていった」と見抜く。
そもそも、砂糖はもともと何だったのか。「砂糖を万能の薬品とする考え方は、アラビアから主に十字軍によってもたらされた。多くの人々が慢性的に栄養不良の状態にあった時代なので、カロリーの高い砂糖は、どんな場合にも、即効性のある薬品となりえた」という分析はなるほど納得。
そして、砂糖が爆発的に消費される経緯について「17世紀中ごろ以降、砂糖の意味や用途は一変する。ごく一部の上流階級の食事の調味料のほか、薬品や儀礼品として用いられてきた砂糖が、カロリー源になっていった」「茶と砂糖という二つのステイタス・シンボルを重ねることで、砂糖入り紅茶は『非の打ち所がない』ステイタス・シンボルになった」「イギリスがこれほど砂糖を求めた理由のひとつは、お茶に砂糖を入れるためだったから、中国からの茶の輸入が激増したことも、『砂糖革命』の原因のひとつ」と読み解く。
コーヒーとの関係についての「海外からきた目新しい飲み物や嗜好品に囲まれ、どこまでもエキゾチックな感じがする場所、それがコーヒー・ハウス」「この時代のイギリス人たちは、紫煙もうもうとしたコーヒー・ハウスで友好をあたため、情報を交換し、たがいに批判し合い、議論し合った」コーヒー・ハウスが衰えた理由としては「閉鎖的な組織になったこと、お酒が出たり賭け事が行われるようになって品が悪くなったこと」「コーヒーは供給が続かず、入れるのが結構むずかしいこともあって、一般の家庭には普及しなかった」のあたりも興味深い。
他国との関係も面白い。「アメリカ人は、イギリスからの税金に対して長くボイコットを経験するうちに、『イギリス人のように生きる』ことはやめ『イギリスからの茶やイギリス製品を使わない』ことで、たがいの連帯感を強めるようになった」「けっきょく、19世紀のアメリカ合衆国が、紅茶よりは中南米でとれるコーヒーを飲む国となり、さらにのちには、コカ・コーラの国となっていった」「砂糖とチョコレートは絶妙の調和を示し、スペイン王室の人々はこれに熱中した」「スペインは、南アメリカに広い領土をもっており、労働力さえあれば、砂糖をつくれたはずなのに、アフリカに拠点がないため、自前でアフリカ人奴隷を確保できなかった。このため、スペイン政府は、イギリスなどと奴隷を買い付ける契約を結ぶことにした」は、なるほどなぁと納得させられる。
産業革命後、「『砂糖入り紅茶』をベースとする『イギリス風朝食』は、きちんとした台所がなくても、お湯さえ沸かせれば、用意することができた。しかも、とくに紅茶と砂糖は、カフェインを多く含む即効性のカロリー源」は確かに。「穀物法の廃止や砂糖関税の引下げ、東インド会社の貿易独占の廃止などは、自由貿易の政策だということができるが、世界システムを利用して『安価な朝食』を確保することを狙ったということもできる」という観点はなかった…
十八世紀末に品種改良されたビートによるビート糖は「温帯地方で本格的につくられた、最初の砂糖」「ビート糖の生産は、1880年代には、ついに砂糖きび糖を抜いてしまう」が、「ビート糖は政府の支援がなくなると、経済的にはかなりコストの高いもの」「最近では、砂糖きび糖は全体の60%になっている」というのも知らなかった…
筆者はモノをつうじて歴史をみることで「①各地の人びとの生活の具体的な姿がわかる②世界的なつながりがひと目でわかる」「いまや『世界はひとつ』なのだから、『世界的なつながり』のなかで、ひとつひとつの歴史上の出来事や状況をみていくことも大切」とする。
そして、そもそも「歴史を勉強する大きな目的の一つは、その時代、その地域の人びとと共感しあうこと」というのは響いた。確かにそのとおりだな…これは本当に良書だった。