世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】田中聡、中原淳「事業を創る人の大研究」

今年84冊目読了。パーソル総合研究所主任研究員と、東大大学総合教育研究センター准教授の筆者が、人を育て、事業を創り、未来を築く方法を書き記した一冊。

〈お薦め対象〉
新規事業に関わる、または関わろうとしている人
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★★
〈実用度(5段階評価)〉
★★★★★

自分の問いは3つ。
『新規事業はなぜ失敗するのか?』には「新規事業を成功に導く原理原則などないので、成功を収めるには挑戦母数を増やすしかない。新規事業の推進を妨げるのは、アイデアの創出ではなく車内の理解・巻き込みに苦戦するため。支える人のサポートと育てる組織がもたらすセーフティネットが不十分」。
『新規事業をサポートする人が配慮すべきことは?』には「新規事業を任せるとは、権限を付与し、新規事業を創るプロセスを伴走しながら支援し、結果に対する責任を共有すること。事業を創るには、出したアイデアを形にするために必要な資源やサポートが供給される構造が組織内にあることが必要。創る人を育てるために、気枯れモデルからの脱却、任せて終わりの内示・異動プロセスの見直し、事業を創る経験を通じた内省の促進を行う」。
『新規事業と向き合う人が留意すべきことは何か?』には「事業を創って成果を出すのは単なるアイデアマンではなく、優れた交渉人であり、巧みな理由作り職人。新規事業は、ぶっとんで考えるポジティブアプローチと、現状から論理を積み上げる分析アプローチを巧みに操る。社外の創る人と積極的に関わる」。

…なるほど、本書を読むと、新規事業の失敗はアイデア不足ではない、ということがよくわかり、それだけでも目から鱗だ。著者たちが指摘する事項を頭に入れて、本人も、支援する側も取り組むことが大事だ。「人は、意味や意義の見出せない仕事に長くパッションを持ち続けて取り組めない」「新規事業に特有の痛みと葛藤に満ちた強烈な体験の中でこそ、働く大人が学び成長する源泉がある」という記述を見ると、自分はまだまだ大人の学びに至っていないということを痛感する…

今現在、新規事業に関わっていない人でも、これは読む価値がある。本当に面白くてわかりやすいのは、さすが中原淳先生だ。

【読了】ダイアナ・ホイットニー、アマンダ・トロステン=ブルーム、ケイ・レイダー「なぜ、あのリーダーの職場は明るいのか?」

今年83冊目読了。コーポレート・フォー・ポジティブ・チェンジ社社長、常務取締役、レイダー・コンサルティング社社長の筆者が、ポジティブ。・パワーを引き出す5つの思考法を書き記した一冊。
 
〈お薦め対象〉
職場をよくしたい全てのリーダー
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★☆
〈実用度(5段階評価)〉
★★★★★
 
自分の問いは3つ。
『なぜリーダーシップを変える必要があるのか?』には「人生において大切なことはすべてコミュニケーションの過程から生まれる。人は何かをやれと命じられるのではなく、役に立つことを求められることによって一体感を覚え、任されている実感を持つ。組織とコミュニティが変化し、新しい世代が社会を担い、多様であることが珍しくなくなり、新しい社会の仕組みが生まれ、全体を見据えた持続可能なアプローチが不可欠になっている」。
『リーダーにはこれから何が求められるか?』には「現状を肯定的にとらえるプロセスを意識的につくりあげることで、人と組織は学び、成長できるという信念を持つ。ポジティブな力を解き放つため、安心して話せる場をつくる。リーダーとして大切にしている価値観を見いだし、それを使って望んだとおりの成果を生み出す」。
『リーダーが心掛けるべきことは何か?』には「人が心から望む現実を作り上げるため、言語、語り、メタファーを重視する。自分に語り掛ける言葉をポジティブにし、ほかのメンバーの強みや成功事例を見つけ出す。全体像を視野に入れて行動し、成長し、進化する」。
 
若干、表現が迂遠で繰り返し同じことをあちこちから言っている感があるが、その主張の大意は非常に賛成できる。5つの思考法として「強み発掘思考、価値見える化思考、つながり拡大思考、ワクワク創造思考、みんなの利益思考」を挙げている(英語ではInclusion,Integrity,Inspiration,Illumination,InquiryとIから始まる5つ)。今までのリーダーシップの本でなんとなく意識していたことではあるが、こうやって言語化されるとやはりわかりやすい。
他にも「問いかけ、疑問を抱き、目をこらし、子細に検討することから学びが生まれる」「本心を語っても面倒なことにならないと理解すれば、人は自ら語り始める」「潜在力に目覚めることで、人は行動に駆り立てられる」「ユーモアは、人や職場をポジティブな方向に向ける」など、納得できるフレーズ多数。ちょっと読むのが大変だが、一読をお勧めしたい。

【読了】マシュー・サイド「失敗の科学」

今年81冊目読了。タイムズ紙の一級コラムニストでありライターの筆者が、失敗から成功を導く驚くべき事実を書き記した一冊。

〈お薦め対象〉
失敗と向き合わねばならないすべての人
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★★
〈実用度(5段階評価)〉
★★★★★

自分の問いは3つ。
『何が失敗をもたらすのか?』には「社会的圧力・有無を言わせぬ上下関係。間違いを教えてくれるフィードバックがない。完璧主義」。
『失敗に向き合うときに陥りがちな罠は?』には「事実に対して都合のいい解釈をつけたり、無視することで信念を貫き通す。間違いが怒ると、その経緯よりも、だれの責任かを追及することに気を取られる。まわりの評価と自らのプライドを守るため、ミスを隠す」。
『どうすれば失敗から学べるか?』には「失敗に対してオープンな文化を創る。注意深く考え、物事の奥底にある真実を見抜いてやろうという意志を持つ。大きなゴールを小さく分解し、一つひとつ改善して積み重ねる」。

とにかく事例が面白く、圧倒的に引きずり込まれた。個人的に、航空業界に甘く、医療業界に厳しいのは何か経緯があるの?と思う点があるくらいで、あとはとにかく読みながら何度も頷くばかり。「人を非難せず、問題を深く探り、本当に何が起こったのかを突き止める」「根気強く努力を続ければ、自分の資質をさらに高めて成長できると信じる」「自分の仮説に反する事例で検証する」など、心に刻みたいフレーズ多数。

「改善の原動力は、失敗から学ぼうという姿勢」。その姿勢を持ち続けたいものだ。数々の先人の失敗に向き合ってきた人たちにより、今の世の中の恩恵が存在する。したがって、今を生きる自分たちも、先人同様、上記の価値観によって失敗と向き合い、自らを成長させていきたいものだ。

【国宝】玄奘三蔵絵

藤田美術館所蔵、紙本着色、鎌倉時代
 
天竺求法を成し遂げた中国唐代の高僧、玄奘三蔵の生涯を全12巻に絵画化した絵巻。宮廷画家、高階隆兼が描いた、やまと絵の到達点を示す名品。
玄奘法相宗祖師として仰ぐ興福寺大乗院に伝来した。
 
丁寧で写実的ながら、自然を描くところは中国の山水画の影響が見て取れる。鮮やかな色合いと、ぼかした色彩を巧みに混ぜながら、強調したい部分を浮き出している。アクセントに使われた金も、注目を集める演出だ。

【読了】ヘミングウェイ「武器よさらば(上下)」

今年79・80冊目読了。アメリカの小説家にして、実際に従軍記者として戦場に身を投じた筆者が、戦争経験とその中での恋愛経験をモチーフにした二冊。
 
戦記物は昔かなり読み込んだが、そういった小説に記載されているのは、あくまで指揮官の苦悩・決断・情報検討・勇気などであり、実際の最前線の兵隊の思いや現実などはほぼ度外視されている。自分自身、今現場にいる身であり、現場に渦巻く様々な感情は、指揮官が見えている視野とは全く異なるものである。
 
そのような観点で、非常に面白く読める。また、その中で恋に落ち、逃避行に走る主人公たち。そこからの衝撃のラストへの息もつかせぬ展開は、ヘミングウェイの筆が冴えわたっている。訪れた場所でもないのに、あたかもその光景がまざまざと思い浮かぶくらいだ。これは、記者として「現実を冷徹に見つめる」癖をつけていたからだろう。そして、それを表現する手法も。
 
名作は、名作と呼ばれるだけの価値がある。そう確信させてくれる良書だった。
 
心を打つ記述を、いくつか。
「だれかを心から好きになるとき、人は相手のために何かをしてあげたくなるものです。自ら犠牲になりたいと思うものです。」
「人生なんてなんとかなるものよ。失うものがなにもないときにはね」
「おれには苦手な言葉がある。たとえば、神聖とか、栄光とか、擬製とか、むだとか。…いままでに一度も神聖なものなんか見たこともないし、栄光あるといわれているものはちっとも栄光などなかったし、犠牲なんて、論じるほどの価値もなかった。」
「年をとっても賢くはならない。ただ注意深くなるだけだ」

【読了】ヘミングウェイ「老人と海」

今年78冊目読了。アメリカの小説家にして、実際に従軍記者として戦場に身を投じた筆者が、戦後にわたったキューバでの光景から小説化した一冊。

珍しく、この本は若いころに読んでいたのだが、その頃にはどうもその魅力がよくわからなかった。中年になってみて再読すると、その深みを感じることができる。老人の相手をする少年の存在が、世代を超えて引き継ぐべきものがあるという気持ち、その勇気、などいろいろなものを感じさせる。また、狙った獲物であるが、それがあたかも戦友のようになっていく様子も、ある程度の人生経験を積まないと共感しづらいものがある。

短い本ではあるが、じつに良書だ。昔読んだときに面白くない、と思った本でも(いや、そんな本こそ)読むべきである。そういうことを感じさせてくれた。やはり、読書は面白い。

【読了】バルザック「グランド・ブルテーシュ奇譚」

今年77冊目読了。フランスの誇る巨匠作家による、短編集。

バルザックといえば壮大な長編、というイメージが強いが、本著を読んで、全く違う側面もあることがわかった。特に表題作には圧倒された。あらゆるところに張られている伏線が(正直、読んでいるときには伏線とすら気づかない)、ラストに向けてことごとく回収されていく。そして、衝撃のラスト。その締めも、あまりにもすさまじいインパクトを残す。どういう頭をしていたら、こんな小説を構築できるんだろうか!?

その伏線の巧緻さに、思わず2度読み返してしまった。読めば読むほど「あぁ、なるほど…」と圧倒されていく。極上の推理小説って、こんな感じなんだろうな。しかし、ベースにあるのが「人間の片面的なものの見方」という大いなる視野なので、とても面白い。正直、表題作があまりにも凄すぎて、あとの小説はチョイチョイ…という感想に陥ってしまった。

これだけ面白いのだから、これはバルザックの長編も必読、ということだな。こんな面白い古典を見逃していたというのは非常に後悔しきり。