世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【仏国寺と石窟庵】


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〈ここが凄い!〉
新羅仏教建築を代表する至宝
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★★
圧倒的な建築の美しさが素晴らしい
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★★
日本から仁川に2時間ほど。そこからKTX(韓国新幹線)で慶州までは3時間程度。駅からバスで30分。2泊3日で回れるが、「慶州歴史地区」とあわせて見学したい。
保有国〉
大韓民国
〈登録年〉
1995年
〈登録基準〉
ⅰ:人類の創造的資質や人間の才能を示す遺産。

ⅳ:人類の歴史上において代表的な段階を示す、建築様式、建築技術または科学技術の総合発展段階、もしくは景観の遺産。

〈概要〉
●石造の世界的建築物
 円形の石窟に、高さ3.45mの釈迦如来座像が鎮座しており、周囲には豊かな表情と独特の芸術性を持つ39体の仏像彫刻が配置されている。

●韓国名刹の一つ
 韓国の建築技術と仏教信仰の中心であり、石窟と同様、石造の建築物は新羅の残した仏教芸術を今に伝える。

〈課題〉
・増加する観光客に対する環境保全

〈参考図書〉
李進熙「韓国の古都をゆく」
ズバリこの資産を描き出しているわけではないが、「花崗岩ドームを造り、その上に土をかけて作った点が、インドや中国の岩掘りの石窟とは違う」「本尊は阿弥陀如来。造営した金大城が、父母が極楽浄土に誘われることを祈念した」理解を深められる。
知識がなくても感動できるが、他の資産についての記述もあり、韓国観光の参考にしてみてはどうだろうか。

〈自分が行って、感じたこと〉
1998年春。就職を前にし、訪れた韓国。当時は、日本でも「世界遺産」に対する理解は薄く、自分も「世界遺産である」ことを知らずに、有名観光地として訪れた。
仏国寺は、未だに残っているのは「こなた木の文化にして、そなた石の文化」とメモをしたこと。「日本の寺と違い、欄干が石造だ!」という些細なことではあるが、自分の常識が揺さぶられた事を強く覚えている。
また、石窟庵は、5m以上あるような記憶だ。花崗岩は乳白色がかっており、その色の支配するドーム空間に入ってみると、幽閉とも融合ともつかない、落ち着くようで息苦しいような、不思議な感覚があったように記憶している。
「韓国の世界遺産第一号」という前提で、今の知識を持って訪れたら、どう感じるか。それもまた、面白みだろうな。

【世界遺産を学ぶ意義~日本の世界遺産を学んでみて~】

 日本に存在する世界遺産20件(2017年5月現在)について、ひととおり学んだ。一つの資産につき、2~4冊の本を読んで感じたことは、以下のとおり。

●資産についての理解が深まった
 「何を当たり前な…」とのお叱りを頂戴しそうだが、実はこれ、かなり大事だと感じる。
 自分を含め、世界遺産というだけで「なんか、有り難いものなんだろう」という理解をしてしまい、そこを来訪することが目的化する傾向は否めない。しかし、「なぜ、世界遺産登録されたのか?」「課題は何か?」という視点があってこそ、理解は深まる。
 また、文化遺産においては、登録基準だけではない人の営みがそこにあるし、自然遺産においては、人間の時間軸を遙かに越えた地球の進化の過程がある。
 そして、この積み重ねにより、それぞれの遺産の独自性も浮き上がってきて、理解できるようになる。そんな感覚がある。

●知識と興味の範囲が拡大した
 自分は、本好きなれど、どうしても興味の範囲が限られており、ついつい得意分野ばかり掘り下げていた。
 しかし、「世界遺産だから…」という大きなテーマを軸にすると、もともと興味がなく、よってもって知識もない分野についても「学ぶ」きっかけができる。事実、従前はまるでチンプンカンプンだった現代建築や植物相などについて知識を得ることができた。
 そうすると、面白いもので、「知識」という触手が広がることにより、今までは捨て去っていた情報が引っかかるようになってくる。卑近な例では、小1の娘が大好きなテレビ番組「ダーウィンが来た!」を見ていても、自身も「あぁ、あれか!」と興味を持てるようになった。それにより、真面目に観る→知識が深まる、という好循環を生み出す。
 人間の脳は、機械と違って曖昧だ。しかし、それ故に「関係ない情報を繋ぐ」という創造性を有する。興味の幅を広げることは、情報(=知識)という脳内の「手札」を増やすことであり、創造性の拡大という点で非常にパワフルだと感じる。

世界遺産に対し、適正に「批判的な目」が持てるようになった
 逆説的だが、これも大きな成果。世界遺産登録というと、完全なる保護、及び観光地としてのバラ色の未来が約束されたように思える。が、自然遺産においては「登録エリア外の保護」「登録前からの住民の生活」「増加する観光客の影響」などの課題が、文化遺産においては「増加する観光客の影響」「保全の困難さ」「意義を正確、丁寧に伝えること」など、いくらでも課題が存在する。
 また、登録に至る経緯にも大きな問題がある(cf.野口健世界遺産にされて富士山は泣いている」)。特に、文化遺産は政治的な駆け引きが絡みやすく、「顕著な普遍的価値」を満たしているのか?という本末転倒な状況も起こってきている。
 世界遺産だけを有り難がらず、適正に「素晴らしい資産」を大事にする。その思いを抱けるようになるのも、学びによる気付きだ。

 …それにしても、日本だけしか見ていないのにこれでは、世界の世界遺産を学ぶとどうなるのだろうか?そして、海外の世界遺産については、書籍があるのか?(←マニアックな世界遺産も多い)という「そもそもの問題」も横たわる。
 まぁ、やってみてから考えよう。

〈参考図書〉
佐滝正剛「世界遺産の真実」
平泉がいったん落選した経緯と、石見銀山の登録とその後を切り口に、「世界遺産」を問い直す一冊。
世界遺産検定マイスター取得者にして、NHKに勤務して数々の関連番組を手掛けてきた筆者の記述は実に学ぶところが多い。実は、世界遺産検定マイスター受験の際にも参考にさせていただいた。ぜひ、お勧めしたい。

【琉球王国のグスク及び関連遺産群】


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〈ここが凄い!〉
沖縄で独自の文化を築いた琉球王国の存在を伝える
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★☆
 九州までの日本とはいっぷう変わった、中国とも交流の深い文化を感じ取ることができる。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★★
 飛行機なら1時間半。構成資産はいずれも観光ルートに組み込まれており、見学しやすい。
保有国〉
日本
〈登録年〉
2000年
〈登録基準〉
ⅱ:建築や技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展において、ある期間または世界の文化県内での重要な価値観の相互交流を示す遺産。

ⅲ:現存する、あるいは消滅した文化的伝統や文明の存在に関する証拠を示す遺産で、人類の化石遺跡なども含まれる。

ⅵ:人類の歴史上の出来事や伝統、宗教、芸術などと強く結びつく遺産。

〈概要〉
琉球地方独特の信仰形態
 資産のうち、グスク跡は農村集落としての聖域としての機能を備えている。また、国家の祭祀拠点「斎場御嶽」は海の彼方に「ニライカナイ」と呼ばれる神の国があるとする琉球独自の自然崇拝信仰と密接に関連している。

琉球社会の考古学的遺跡
 グスク跡は、10世紀ごろから成立した自衛的農村集落が豪族(按司)を頂くようになり、防衛のために築いた城塞跡である。先祖への崇拝と祈願を通じて、住民同士の連帯を深める心の拠り所として、今も重要な役割を果たしている。

●東アジアの交流地
 グスク跡などは、琉球王国時代に、日本・中国・東アジア諸国との政治・経済・文化的交流から生まれたものであり、琉球の特殊性を今に伝える。

〈課題〉
台風被害のリスクにさらされている。景観保護も課題。

〈参考図書〉
高良倉吉琉球王国
 世界遺産について知るなら、JTBパブリッシング「沖縄の世界遺産」のほうがわかりやすく、写真やイラストも多いのだが、「琉球王国」という大きな流れとして捉えるのであれば本書がおすすめ。
 途中、やや専門的(≒マニアック)になりすぎる部分もあるが、基本的には古琉球から琉球王国、そして琉球王国がどのように中国・日本・東アジアとの文化・経済交流を行ってきたのか、という視座から記載されているので、大きな枠組みから琉球王国をとらえられる。ともすれば、沖縄戦とその後の基地問題に目が行きがちな沖縄だが、そもそも、その成立状況から異なるということがよくわかる。沖縄に行く前にぜひ一読をお薦めしたい。

【屋久島】


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〈ここが凄い!〉
樹齢千年以上の屋久杉などが生み出す美しい景観
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★★
 日本で唯一「自然美・景観美」の登録基準を満たした景観は必見。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★☆
 飛行機を乗り継いでいく必要があり、また世界遺産エリアをじっくり見学するには2泊3日は必要。
保有国〉
日本
〈登録年〉
1993年
〈登録基準〉
ⅶ:ひときわ優れた自然美や景観美、独特な自然現象を示す遺産。

ⅸ:動植物の進化や発展の過程、独自の生態系を示す遺産で、現在進行中の生態学、生物学の代表例も含まれる。

〈概要〉
●植物の垂直分布
 狭い島内で、海岸地帯から標高1,000m以上の高山地帯まで存在する。標高が上がるごとに植生が変化する「植物の垂直分布」が見られ、標高100mまではメヒルギなどの亜熱帯性植物、標高800mまではシイ、カシなどの暖温帯常緑広葉樹林。1,200mまでは暖温帯針葉樹林、標高1,200m以上では冷温帯針葉樹林が見られる。

●固有の動物
 15千年前に九州本土から切り離されたため、ヤクシカ、ヤクザル、ヤクシマジネズミ、ヤクシマヒメネズミなど16種の哺乳類、ヤクシマカケス、ヤクシマヤマガラなどの167種の鳥類などが生息する。

●独自の樹木・屋久
 屋久島の杉は標高600~1,800m付近に分布する。花崗岩の地盤のために養分が少なく、成長スピードが遅いことから年輪の幅が狭く、硬くなった幹にはほかの地域の杉の6倍以上の樹脂が蓄えられている。

〈課題〉
ヤクシカの食害、観光客のゴミや糞尿被害。台風被害の影響も受けやすい。

〈参考図書〉
山尾三省屋久島の森のメッセージ」
世界遺産としての屋久島を学ぶのであれば、中島成久「森の開発と神々の闘争」のほうが、「手つかずの自然というのは幻想でしかなく、屋久島の歴史は保存と開発の闘いの歴史であった」ということがよくわかる。
しかし、ここはあえて、生物学・歴史学的アプローチではなく、移住して四半世紀を超える詩人である筆者が、豊かな自然について感性のままにコメントをしている本書をお薦めしたい。人間は、自然の中で研ぎ澄まされる。その感覚を瑞々しく伝える本書こそ、日本の誇る自然遺産・屋久島の魅力を伝えてくれる、と感じる。

【明治日本の産業革命遺産】


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〈ここが凄い!〉
西洋の技術を取り入れながら近代化を遂げた技術発展を今に伝える
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★☆☆
歴史学習は必須。また、単体ではその凄さが分かりにくい資産もある。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★★
韮山反射炉なら、新幹線で三島まで一時間、そこから伊豆箱根鉄道で、悠々日帰り。その他も2泊3日圏だが、端島軍艦島)は、波が高いとそもそも上陸できない。
保有国〉
日本
〈登録年〉
2015年
〈登録基準〉
ⅱ:建築や技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展において、ある期間または世界の文化県内での重要な価値観の相互交流を示す遺産。


ⅳ:人類の歴史上において代表的な段階を示す、建築様式、建築技術または科学技術の総合発展段階、もしくは景観の遺産。


〈概要〉
●短期間での近代化の歴史的価値
 わずか半世紀で、江戸末期から明治にかけて「造船」「製鉄・鉄鋼」「石炭産業」において国家の価値観を変えて近代化し、急速に産業化を果たした。

●欧米技術の流入と、石炭によるアジア海運への影響
 明治末期に薩摩ではガラス・鋳造・活版印刷を行い(集成館が資産登録)、長州では吉田松陰が多くの人材を育てた(松下村塾が資産登録)。また、長崎ではトーマス・グラバーが蒸気機関を用いた石炭採掘を行い、日本独自の技術に発展させ八幡製鉄所・三池炭鉱・端島炭坑などを作っていった。


〈課題〉
8県11市に23の資産が点在するため、保全が困難。また、八幡製鉄所、長崎造船所など稼動中の資産もあるので、保全ばかりを推し進めるわけにもいかず、保全の複雑さを増している。

〈参考図書〉
黒沢永紀「軍艦島 奇跡の産業遺産」
長崎の端島鉱山の成り立ち、そこの生活、放棄後の状態を分かりやすく図説した一冊。
良質な石炭を産出するが故に、人口過密の島となり、コンクリートジャングルを東京よりも早く完成させた島。そこでの独特な暮らし、社会、そして閉山を、住人の写真やコメントを交えて生き生きと描き出す。
狭い島故の共同風呂が結ぶ近所付き合い、給料がよく使い道がない生活、狭いが故の子供たちの独特の遊び方など、とても不思議な感じがする。それにしても、コンクリートジャングルの割に、「一山一家」というくらいの付き合いの深さで、狭くて制約が多くても、かなりの住人は「最高な場所だった」というのは興味深い。

【厳島神社】


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〈ここが凄い!〉
山と海に囲まれ、自然と一体になった建築様式
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★☆
海、山と一体となった美しい大鳥居と舞台、本殿は必見。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★★
広島まで新幹線で4時間、そこから在来線と船を乗り継ぐ。日帰りでも見学することは可能。
保有国〉
日本
〈登録年〉
1996
〈登録基準〉
ⅰ:人類の創造的資質や人間の才能を示す遺産。


ⅱ:建築や技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展において、ある期間または世界の文化県内での重要な価値観の相互交流を示す遺産。


ⅳ:人類の歴史上において代表的な段階を示す、建築様式、建築技術または科学技術の総合発展段階、もしくは景観の遺産。


ⅵ:人類の歴史上の出来事や伝統、宗教、芸術などと強く結びつく遺産。

〈概要〉
平安時代寝殿造による美しい景観
 12世紀に平清盛によって造営された社殿は、卓抜した構想力と美的センスが日本人の信仰心と精神文化に融合した産物。

●自然崇拝と一体化した社殿
 自然を崇拝し、ご神体の山(弥山)と一体となった社殿の造りに加え、海にせり出す舞台や大鳥居が自然と一体となっている。

神仏習合の歴史を物語る
 丘陵地帯に残された仏教建築と、厳島神社を構成する神道建築が同じ島内に残されており、日本の宗教的空間の広がりを感じることができる。


〈課題〉
台風被害は、今までに何度も発生している。また、温暖化による潮位の上昇にも影響される。

〈参考図書〉
松岡久人「安芸厳島社」
厳島神社に対する平家信仰、その時代背景と、その後の厳島神社の推移をまとめた学術書。
なるほど、清盛が安芸守にいたときの経緯から、熊野信仰から神託を受けて転向する経緯、戦国時代の栄枯盛衰など、多層な歴史を知ることができる。
ただ、ややマニアックなのは否めず、寧ろ厳島神社の魅力は大鳥居と海上の能舞台なので、このあたりの建築の特徴について記したNHK世界遺産プロジェクト「日本の世界遺産 秘められた知恵と力」(幾つかの世界遺産を取り上げている)のほうが面白く読めた。

【広島の平和記念碑(原爆ドーム)】


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〈ここが凄い!〉
人類初の原子爆弾がもたらした悲劇を未来に伝える
〈お薦め度(5段階評価)〉
★★★★☆
暗い歴史ではあるが、科学を扱う人間の愚かさを感じるには、不可欠。
〈アクセス(5段階評価)〉
★★★★★
広島まで新幹線で四時間。市街地にあるため、アクセスはよい。
保有国〉
日本
〈登録年〉
1996
〈登録基準〉
ⅵ:人類の歴史上の出来事や伝統、宗教、芸術などと強く結びつく遺産。

〈概要〉
●世界平和を目指す活動の記念碑
 ICOMOSの報告書に「歴史的価値や、建造物としての価値は認められないが、世界平和を目指す活動の記念碑として、世界でもほかに例を見ない建造物」とされている。

被爆後の惨状をそのままに残す建造物
 原爆投下では、爆心地の北西約150mの至近距離で被爆。爆風と熱線によって建物の屋根や床はすべて破壊され、壁は建物の大部分において一回の上端以上がすべて倒壊した。しかし、衝撃波をほぼ真上から受けたため建物の中心部分は倒壊をまぬかれ、外壁と鉄骨の骨組みが残った。


〈課題〉
経年劣化をどう補強していくか。また、市街地故、周囲の景観問題もつきまとう。

〈参考図書〉
頴原澄子「原爆ドーム 物産陳列館から広島平和記念碑へ」
原爆の悲惨さについては枚挙に暇がないくらいの書物が出ているが、この書は「広島物産陳列館」という建物が原爆ドームとして保存され、世界遺産登録されるまでを描き出している。
そもそもの建築の特徴から、原爆投下後の取り壊しの方向性、そこから保存に向かった流れなど、「原爆ドーム=保存された平和記念碑」という前提になっている現在の視点からすると、かなり目から鱗。
そして、こうした人類の過ちを今に伝える「負の遺産」から目をそらしたくなる人間心理、それ故に、なおのこと保存が重要となること、を痛感する。