世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】村上龍「五分後の世界」

今年80冊目読了。ヒットメーカーのベストセラー作家が、わずかなズレから戦後日本のパラレルワールドに迷い込む一冊。


三谷宏治お薦めということで読んでみたが、なるほど、こういう形で「現代日本」の矛盾を衝く、というのは非常に面白い。そして、そこここにある記述から、本作が描かれた2000年ころよりもさらに劣化したことを痛感させられる…いささかストーリーがご都合主義で進みすぎるところには違和感が残るが、それでもその言わんとするところはよくわかる。


ネタバレ回避で、気になったフレーズを抜き出す。


真実を突いているなあと思うのは「シンプルなものはごまかしがきかない」「相手から情報を得る場合は、こちらはできるだけ喋らない方がいい、しかも常に曖昧に、小さなボソボソとした声で返事をすることだ」「トラブルが深刻であればあるほどパニックになっては助かる見込みが減る」のあたり。


現在の日本への強烈なアンチテーゼは「なぜ当時の日本人は、生命を大切にしなかったのでしょう。また、なぜそれほどまでに『無知』だったのでしょう。それは、それまで本当の民族的な危機というものを体験したことがなかったからです。まわりを海で守られていたために、他の民族と戦うことがなかったので、他の民族や国を理解することがいかに大切かを学ぶことができませんでした。そして、生命というものはそれを積極的に尊重しなければ守れないものだということも学ぶことはできませんでした」「生き延びていくために必要なものは、食糧と空気と水と武器、そういうものだけではありません。勇気と、プライドが必要です」「すべての差別は、勇気とプライドのないところに、世界にむかって勇気とプライドを示そうという意志のない共同体の中に、その結束と秩序を不自然に守るために生まれるものです」というパラレルワールドの教科書が示してくる。
そして「その民族が生き延びていくためには次の世代に大切な情報を確実に伝えていかなくてはならない」「進化するのに意志が必要かどうかなんてわからないし進化の価値も一口では言えないけれど、退化はひどい、生きる意志を根こそぎ奪ってしまうような声だった、恐怖と言うより、恥、みたいなものにまみれた声でね」のあたりを読むと、今の日本の状況を感じて、暗澹たる気分になる…


言葉についても「略語で呼ぶようになって、それに慣れてしまうと、本来の意味が失われることがある」「敬語は責任の所在を曖昧にすることがある、伝達のスピードも落ちる」のあたりはさすがに鋭い。


極端な消費社会、資本主義に対する「自分のことを自分で決めて自分でやろうとすると、よってたかって文句を言われる、みんなの共通の目的は金しかねえが、誰も何を買えばいいのか知らねえのさ、だからみんなが買うものを買う、みんなが欲しがるものを欲しがる、大人達がそうだから子供や若い連中は半分以上気が狂っちまってるんだよ」は、重い。本当に、人類は幸せになっていっているのか?考えさせられる小説だ。