世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】阿川弘之「米内光政(上下)」

今年39・40冊目読了。海軍経験のある筆者が、戦時中に首相も務め、敗戦の中で日本を守った米内光政大将の人生を描き出す一冊。


これは良書だ。三谷宏治おすすめも、宜なるかな。まずもって「敗戦と亡国とはちがう。古来いくさに勝って国が衰亡した例は少なくない。逆に戦いに敗れて興隆した国がたくさんある。無謀の戦争に此の上本土決戦の如き無謀をかさねるなら、日本はほんとうの亡国になってしまう」の言葉が、この国を支えてくれたことを痛感する。


米内のプライドと冷静さは「如何に偉効を立樹てた軍人といえども、これを神格化するなどは、以ての外」「国が独立を脅かされるときには、とにかく立つ。そのためには軍備というものが必要だ。そのかわりに、味方をつくっておかなけりゃいけない。自分じゃ勝てない。正々堂々の主張をするならば味方ができる」のあたりから感じられる。


リーダーシップについて「物サシの具合をよく見て、その限度内で働いている間は、僕はほったらかしとくよ。ただ、能力の限界を越えて何かしそうになったら、気をつけてやらなくちゃいかん。その注意をしそこなって部下が間違いを起こした場合は、注意を怠った方が悪いんだから、こちらで責任を取らなくちゃあね」のあたりは、頭を垂れるしかない。


ドイツ熱にかられていた当時において「米内は権謀術策大嫌いである。彼がヒットラーのドイツに信を措かなかったのも、陸軍のやり方を嫌ったのも、性格的にマキャベリズムを好まなかったからで、マキャベリヤンという言葉は、米内にとって英語の辞書の示す通り『無節操、破廉恥』と同義語」「大きな流れに流されながら、少しも節を曲げず、終始醒めた眼で抵抗し続けていた」「陸軍がさかんに精神論をやる。そりゃ精神のないところに進歩も勝利もない。しかし、海軍は精神だけで戦争できないんだよ。工業生産の量、機械の質、技術の良し悪しがそのまま正直に戦力に反映する。国民精神総動員とか、陸軍のような大和魂の一本やりで海のいくさはやれないんだ」という米内光政が本領を発揮できれば…と、忸怩たる思いを禁じ得ない。そのくらい、先見の明があった将官なんだな。


過去に拘泥する人間の罠についても「明治時代の実権を握った顕官たちは、みな維新の時白刃の下をくぐった経験を持っていた。文に武の心得があり、むしろ文の方で武の領分をおかす恐れがあった。だから、兵馬の権は独立させ、文と武を分けて天皇のところでしめくくる、これでよかった。ところが大正時代に入って、天皇は御病弱、国際関係は複雑になってくる、軍備の必要は質量ともに増大する、軍人が軍事上の立場からそれを要求する、明治陛下の側近のような剛直の臣はもういない。そうなったら統帥権独立という制度は不適当」というくらい冷静な視点を持っているのは、本当に凄い。昭和初期の日本に、これだけの人物がいたことを忘れてはいかんな。


彼が述べた「国民思想は科学技術より大事だよ」「負け惜しみや希望的観測はやめて、実情に即し、冷静合理的な判断をしよう」は、未だに日本人が苦手としつつ、克服すべき課題を浮き彫りにする?


読書好きとしては「どんな本でも、自分の頭で読むようにし給え」「書物はその時々で受ける感じがちがうから、一度読んだ本を何年かして読み返すと、また別の味わいがある。本と言うものは、繰り返し読むべきもんじゃないかね。僕は一冊の本が気に入れば、少なくとも三遍読むよ」のあたりも、留意したい。


歴史に埋没した、米内光政。そこに光を当てた良書だな。