世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】安藤忠雄「連戦連敗」

今年178冊目読了。東京大学教授にして、超著名な建築家である筆者が、コンペへの挑戦とその挫折、しかしそこから学んだことについて講義形式のものをまとめた一冊。


世界遺産を学んだ際に、少し建築の知識をかじった(←かじらざるを得なかった)が故に、まぁまぁ理解ができたのは、物事の興味の広がりの大事さを感じる。そして、建築そのものよりも、そのマインド、信念に感じ入る部分が多い。


都市計画と想像力について「情報は力である。しかし、その力を社会と結びつけ、新しい価値創造へと組み立て上げていくのは、人間の構想力、構築力をおいてほかにはあり得ない」「自分が割り込むことのできない他者がいて、その他者を他者として認めつつ一緒に存在しているーその状態が都市であり、その異なる価値の衝突こそが都市を活性化させ、息づかせる力となる」「新旧が共存してこそ都市だ。過去が現在に生き、初めて未来の可能性が見えてくる。そのためには変化に対しブレーキをかけることも、ときには必要」「日本の都市開発の出発点は、拠って立つ理念もなく、目標も曖昧なまま、ただ輸入した形式をそのままなぞることから始めてしまった。この矛盾が、今の日本の都市の混乱状態を引き起こした」と述べている価値観は非常に共感できる。


また、生きること、創造することについて「ギリギリの緊張状態の中にあってこそ、創造する力は発揮される」「結局、自分の進むべき道は自分で見つけるしかない」「人間としての芯の強さ、即ちいかに生きるかという、その生き方が、何より重要」「モノをつくる、新たな価値を構築するという行為の大前提が、闘い、挑戦し続ける精神にある」「与えられるのを待つのではなく、自ら仕事をつくりだしていこうとる、勇気と行動力」と力強く語る部分からは、なるほどなぁと感じさせられる。


また、建築というものについて「建築をつくるなら、まず実際に敷地を訪れて身体でその文脈を読み取り、関係者と顔を合わせて、互いの意志を確認し合うことから始める。この<対話>は絶対であり、必要なら何度でもくり返す」「建築は闘い。そこでは緊張感が持続できるか否かに全てがかかっている。緊張感の維持と物事を突き詰めてその原理にまで立ち返って組み立て直す構想力こそが、問題を明らかにし、既成の枠組みを突き破る強さを持った建築を生み出す」と語る部分からは、覚悟を感じて、自分はそこまで覚悟して仕事をしているか?と恥ずかしくなる…


旅行業界で働く身としては、旅についての「閉塞しがちな日常から一時解放されて、自身を見つめ直すことができる。私が今なお旅を続けるのは、それが現実を生きているとなかなかもち得ない、内省の時間を与えてくれるからだ」「見知らぬ土地を彷徨するときは、期待の一方で、絶えず緊張と不安に身を固くしていた。生まれて初めて味わう異邦人としての孤独にさいなまれ、異なる価値観の支配する社会に戸惑い、途方に暮れる、その繰り返しだった。しかし旅を続けるためには、そこに活路を見いだし、何とか切り抜けていかねばならない。だから、旅をしていると人間は考える。その孤独故にされに思考が深まり、自分自身への問いかけへと続いていく」という定義は、非常に参考になる。


SDGsが叫ばれるはるか前から「皆が意識を変えていかなければ、受け継いでいくべき未来への遺産は失われていく一方」「エコロジーやサスティナビリティの最終目標が自然との共生にあるのだとしたら、もう少し自然を尊重し、自然のコンテクストの内に人間の生活を組み込んでいくという考え方もあるのでは」と提唱していたのは、さすが。


東急東横線渋谷駅の使い勝手がすこぶる悪いので、悪印象しかなかったが、この本を読んでその情熱に触れ、評価が一変した。「たとえ負けても、次があるならば、そこに可能性を求めたい。許される限り、前へ進んでいきたい」という気持ちは、見習いたい。エネルギーをもらえる良書だ。