世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】宮城谷昌光「劉邦(上中下)」

今年82・83・84冊目読了。歴史小説を得意とするベストセラー作家が、無頼から漢王朝の開祖となった劉邦の数奇な人生に迫る小説。


劉邦の気性などについては、賛辞を惜しまない。「劉邦の目のよさは、勘のよさとつながっている。」「この世でもっとも尊敬できる人物は、士をよく知る人である。士とは、いのちがけで信義を表現する者である。そこには学識の優劣がはいり込む余地はない」「劉邦は行動に美をみる者であり、思想は体現してはじめてその佳良さが輝く、とおもっている。─命懸けになったことのない者に、なにがわかろうか」「死者にも手厚い人が、生者に手厚くないはずはない」「困っている人を助けてやろう、という精神が劉邦を動かしている。その情にふれた者は、利害をこえて、劉邦に結びつこうとする。劉邦軍の比類ない固さと柔軟性は、それに由来している」と、どれだけ神だよ!?というくらい。確かに、日本の秀吉の比ではないので、それもわからんでもないが、「戦場にあっては、劉邦は猜疑をあからさまにせず、むしろ大胆に諸将を信用してみせた。が、皇帝になってからの劉邦はおのれの猜疑心に苦しむことになる」のとおり、秀吉と同様、晩節を汚すことになり、そこに繋がる部分がまったく描かれていないのは残念。


他方、敵役である項羽には手厳しい。「内に優しく、外に厳しい、というのは、人として成熟していないあかしである。もしもそのまま項羽が君主となれば、甘辞を呈するだけの佞臣にかこまれることになろう」「奴隷でないかぎり、人はなんの報酬も求めずに他人のために働くことは、稀有である。その稀有なことを項羽は配下に強いている」「常勝の人である項羽にとって、属将がなぜ負けるのかがわからず、負けることは赦し難いことであった。こういう無理解と寛容のなさが、諸将を委縮させ、失敗のすくない用兵と策戦をえらばせ、かえって失敗させた。そういう軍事の実情が項羽の目には映らなかった」「おそらく項羽には、恐れるという感情が欠如していたのであろう。恐れることが智慧を発達させるひとつの要因であるとすれば、それがない項羽の知識は増えず、兵術も巧緻にならず、予見力も平凡なままであった。敗れることを知らない者の未熟さがここにあり、それを自覚しない哀しさもここにある」と散々なこき下ろしよう。でも、百戦百勝というくらい強かったのは間違いなく、そんな人物がなんの魅力もないわけがない。そこの掘り下げが甘いのも、これまた残念。


とはいえ、全体的には人の心の機微などが面白く描かれている。組織論としても面白い。「人民がのびやかさを失うことは、国力が衰退してゆくことになる。人々は心の豊かさも見失っている。─それがわからない凶悪な皇帝は、人民の敵であり、消えてもらうしかない」「怨みの感情を集め、積もらせると、巨きな力となる」「おのれの疲れをもって、敵の疲れをはかってはならぬ」「道理を積み重ねていった先に、玄妙な兵法がある」「こちらが奇襲を考えて実行しようとするとき、敵もおなじように考えて動こうとするもの。人はおのれの奇想にうぬぼれてはならない」「大将には、戦うまえと戦っているさなかだけではなく、戦ったあとにも、冷静な観察眼が必要」「組織がかたむく、ということは、偏重があるからである。行政でも軍政でも、均衡がすべてであるといってよい」「勝って驕れば、それが隙となり、敗亡を招く。過去にいくたびもくりかえされたことであるのに、当事者になると、それを忘れてしまう」「なにごとにおいても、民は複雑さを嫌う。わかりやすい政治を喜ぶ」「知識としてわかっていることでも、行動として表さなければ、百事の禍いとなる」などは、まさに今の組織においても同様と感じる。


人間観という観点でも、含蓄のある言葉が多い。「行動は正しい認識の上にあるべきだが、正しい認識がつねに正しい行動を指示するとはかぎらない」「侠とは、勝敗を考えず、弱者を助けるために強者と闘うことである」「苦難は人に智慧を与え、勘を育てる」「人は危殆に瀕すると本性が出る」「怒らせておいてから納得させると信用度が増す」「人は憎まれているうちはまだよい。が、恨まれるようになってはならない」「策とは、人を深く知り、人を読むことから生ずる。主観とは、あえていえば感情であり、客観にこそその人の精神が表れる。そういう適切なつりあいがあってはじめて策は、人の常識を破って、高みに駆けあがって光彩を放つ」などは、どこかで使ってみたいところだ。


人生の構えについても「自分が願ったことを、信じるのだ。その願いが強ければ、かえって苦しむことになるが、苦しまなければ、願いはかなわないともいえる。だから強く願うことも、苦しむことも、畏れてはならない」「むだに生きたという経験こそが、もっとも貴重となる時がある。無益の積み重ねが、有益の上限を超える」「生まれた限り、こうなりたい、という憧憬があり、実現不可能でも、その容を追い求める情熱を失わなかった。この情熱があるがゆえに、独りの力では動かしがたい現実があることを痛感する。それがくりかえされると、人は希望と絶望のあいだをただよう。そういう時を経て、人は独自の思想を持つ」などは、留意しておきたい。


その他「天に命じられれば起つ。その声がきこえないかぎり、起たない」「無から生じた有はいつでも無へたちかえることができるがゆえに、無限。それに対して有から生じた有は、有限」「にぎっているものを棄てないかぎり、あらたにものはつかめない」のあたりは、傾注しているU理論にも通じるところであり、興味深い。


非常に面白く読めたのだが、故に残念なのは、晩年をばっさり斬り捨てて「神のような劉邦」を祀りあげているところ。なぜ、そこまで立身出世した劉邦が、晩節を汚したのか。NHK大河ドラマ「秀吉」が、朝鮮出兵などをいっさい描かずに終わったような気持ち悪さを感じる。人間、そんなに簡単に割り切れるものではない。劉邦が囚われてしまった闇に斬り込んでこそ、完成するような気がする。とはいえ、全体的にはワクワクしながら読めた。