世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】ジョン・アール・ヘインズ、ハーヴェイ・クレア「ヴェノナ」

今年70冊目読了。元アメリカ議会図書館史料部研究員と、エモリー大学名誉教授の二人が、解読されたソ連の暗号とスパイ活動をつまびらかにした「ヴェノナ文書(1940年~44年のソ連の暗号をアメリカとイギリスの情報機関が解読したもの)」を読み解き、その脅威を切実に訴えかける一冊。


山内智恵子「ミトロヒン文書」を読んで興味が出て、手に取ってみた。しかし、この本はその重厚さ、記述の稠密さが半端ない(そのぶん、かなり読み疲れる)。監修した中西輝政氏の注目の4つのポイント「①暗号解読に対するアメリカなど主要国の国家的執念②ソ連暗号通信から明らかになった事実の驚くような中身③なぜ冷戦がはじまったのか、という大問題④重大な世界史的秘密が長期間隠されてきたことの驚き」に網羅されるといえる。


あまりにもボリュームが多すぎて、ストレートにはまとめようもないが、ソ連のスパイ攻勢は凄まじいものがあり「科学技術情報については、商業的に価値のある産業機密の持ち出しから、アメリカでもっとも厳しく護られていた軍事科学機密である原爆情報への浸透にまでわたる」「スパイのもたらした情報のおかげで、ソ連当局は原爆開発を成功させるのに必要な膨大な予算と工業投資を節約しつつ、しかも本来よりもうんと早く核兵器の製造に到達することができた」などを見ると、確かに『米ソ』と並び称されるようになったのは、ソ連が『諜報戦略において』出し抜いただけであり、共産主義が優れているわけではなかった、というのが明確に理解できる。そして「冷戦という出来事は第二次世界大戦後に始まったものではなく、それよりもずっと以前にスターリンによって秘密裏に開始されていたアメリカに対する大規模な秘密戦の企てによって起こったものだ」という指摘は、この本を読めばしみじみ理解できる。


それにしても、なんでこんなに易々とスパイに活動されてしまったのか。筆者は「アメリカ政府が第二次世界大戦の勃発に際し、いくつもの急ごしらえの省庁を新設して、多数の人間を新たに連邦政府職員として雇い入れねばならなくなり、そのために通常の公務員採用では求められるはずの身元調査をせずに、ほとんどフリーパスで大量採用を行ったことにあった」とする。その結果「事実上すべての主要なアメリカ政府機関において、中堅以下の多くの文民と軍人らがソ連諜報機関に情報を提供していた」という酷い状況に陥ってしまったのだ。


そして、その状況に付け込み「第二次大戦中のソ連の対米スパイ攻勢の規模の大きさとその成功は、1930年代のアメリ共産党による地ならしと支援によるところが大であった」とし、「アメリ共産党の最大の目標は、政治活動を通して共産主義大義ソ連国益を推進すること。他方、実際には、米ソ冷戦の時代に、合衆国の内部で、そして合衆国に敵対する形でソ連側として活動していた」「政府組織内のスパイたちは、ソビエトのための仕事を情報収集だけに限定しなかった。合衆国に提出する多数の報告書は共産党の利益と一致するように歪められた」などの暗躍を見るにつけ、マッカーシーの「赤狩り」は(冤罪はあったにせよ)防諜ということに対してユルユルだった戦後アメリカ世論を引き締める効果はあったんだろうな、そしてそれは正しかったんだな、と感じさせられる。


ところが、実際にはソ連のスパイや情報源になった者には3つの類型があったとする。「①ルーズベルト政権の下でニューディール政策が始まったとき、連邦政府で働くためにワシントンにやってきた、理想主義に燃えた多くの優秀な若者②スペイン内戦帰りのアメリカの若者③献身的なアメリ共産党員」がそれであり「アメリカでは政府高官や公務員だけでなく、知識人、ジャーナリストといった階層の人々が、いかに外国の秘密工作に弱いかがわかる。そこには、イデオロギーというものに呪縛されやすい、というかれれの特殊性とともに、容易に人間関係の網の目に取り込まれてゆく、という特有の脆弱性」がある、という指摘は興味深い。


コロナ禍に苦しむ2021年においても、「スターリンによるスパイ攻勢は、アメリカの秘密を入手したにとどまらず、アメリカの政府職員同士の相互信頼をも損なった」「そしてこの疑惑の広がりが、政党間の駆け引きに利用されるようになるのは避けられなかった」という恐怖は凄まじいものがある。そして、防諜という点においてすこぶる脆弱な日本国において、隣に赤い「とんでもない共産主義の巨大国家」がある以上、今この瞬間にもそのような工作が行われていることは否定できない(というか、多分されている)。決して、これは過去ではない。重く受け止める必要がある本だが、とにかく詳しすぎて長い
!!読んでいて、疲労困憊した。