世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】中藤玲「安いニッポン」

今年68冊目読了。愛媛新聞社から日経新聞社に転職し、食品、電機、自動車、通信業界やM&A、働き方などを担当してきた筆者が、「価格」が示す停滞について斬り込む一冊。


失われた30年とはよく言われるが、こうして諸外国との比較でまざまざと見せつけられると、非常に衝撃が強い内容だ。


日本の現状について「今の日本は『我慢して貯める』か『じり貧で使う』しかなくなってしまっている。『失われた30年』とまで言われるほど日本が立ち止まっていた間に、世界はどんどん成長し、日本のポジションも大きく変わってしまったのだ」と警告。それを引き起こしたのは「足元で企業の賃下げが鈍り、働く人の消費意欲が高まらず、物価低迷が続いて景気も盛り上がらない『負の循環』が、日本の購買力を落ち込ませた」ことによるとし、実際にビッグマックやディズニーランド、ダイソーの価格で「いずれも日本が最安」という事実によって「この購買力の落ち込みは、もはや凋落」と述べる。
物価が安いのはよいことでは?という疑問に対しては「『安さ』は生活者から見ると『生活しやすい』が、供給者の観点では収益が上がらない。すると賃金は据え置かれ、消費が動かず需要が増えない悪循環に陥る」「果たしてこれで、世界の秩序をガラリと変えるようなイノベーションが生まれるだろうか。個々の企業にとっては最適解でも、『安さ』はまさしく、日本の停滞と結びついているのだ」と、その罠の危なさを明かす。


では、なぜここまで安く売るのが当たり前になってしまったのか。その理由は「①日本は解雇規則が厳しくて従業員を解雇できないので、日本企業は『従業員の人件費を確保する』ことが第一目標になりがちで、そのため製品の価格を下げてでも、売上高の絶対額を確保しようとする②同質競争気質で、品質や性能、領域のユニークさで競うことができず、安さで勝負をする傾向がある」ことから「値下げでもなく『据え置き』というまさに日本流のデフレが確立してしまった」ことにある、とする。
他方、賃金については「①労働生産性が停滞している②多様な賃金交渉のメカニズムがない」、労働者が賃金について声を上げられないのは「①正社員は新卒で入社すると、企業の賃金制度に乗ってほぼ横並びで待遇が決まっている②雇用が流動化していないため、他社に比べて自分の賃金がどうなのか分からない」とし、「日本の生産性が低いという理由の一つは、日本の価格付けの『安さ』にある」「豊かさを語る時、賃金は避けて通れない。企業が発展しても賃金が低いと個人が幸せになれない。個人が幸せにならないいと企業は行き詰まる」と、安さと賃金の両輪が罠に嵌まっていることを明らかにする。


今まさに起こっている事態として「海外資本が入ってきた町では、安いニッポンに慣れている日本人にとっては高いけれど、その価格は世界標準なのだとも言える」「今後の競争力の源泉とも言えるIT人材が日本で圧倒的に不足する」「町工場などを運営する多くの中小企業が、続々とアジア国籍になっている」「インバウンドバブルによって、海外からの富裕層を相手にしたホテルや食事が高級路線をひた走ると、国内での『二重価格』が珍しくなくなる」などを実例を挙げて指摘。空恐ろしくなるとともに、暗澹たる気持ちになる。


安さによって「①個人が余裕をもって広い世界を見ることができなくなる②人材の流出が懸念される③人材が育たなくなる④その結果、将来国際的に活躍できる人材はどんどん少数になっていく」という要素は、日本の成長力を根本的にそいでしまう。ではどうすべきか。筆者は「突き詰めると結局は、おのおのがそれぞれの現場でもう一歩を踏み出せるのか、ということに行きつく。例えば終身雇用をやめて、年功序列ではなく成果に応じた給与体系になる事を、自分たちは受け入れられるのか。こういった私たち個人にとって身近なテーマから、解雇規則をどう見直すかという政治の決断まで、それぞれが選択を問われているのかもしれない」と述べる。システム的な問題であるが故に、誰が犯人でもなく、みんなで高い視座に立って考え、変化を受け入れる必要がある。これは難しいが、まずはこの現状と向き合うことから、だな。


21年3月に出版された本で、まさに現在の日本の「世界の中での位置」を今一度認識するのにいい本だ。衝撃が強いが、読むべき一冊と感じる。