世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】パオロ・マッツァリーノ「エラい人にはウソがある」

今年67冊目読了。イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作家の筆者が、孔子の実像に迫りつつ、論語好きの孔子知らずを痛烈に皮肉る一冊。


これだけのモノがイタリア人の手によって織りなされたことも驚くが、そもそもイメージとして持っている孔子像をブチ壊される、なかなか痛快な一冊だ。確かに、後知恵的なところは多いだろうからなぁ。


孔子の実像について「なにも結果を残せなかったダメおじさんが、死後に伝説を捏造され、偉人・聖人としてまつりあげられ、儒教関係者たちに都合よく利用されてしまった」「世間の人から見限られた負け犬だったけど、ダメっぷりが人間くさくてどこか憎めないし、若い弟子たちと気軽に話す気さくさもあった。決してあきらめない打たれ強さを持ってるし、徹底した非暴力平和主義者だった。弟子たちは、そんなダメな孔子を慕っていたのではなかろうか」「孔子の職業を現代風に的確に表現するなら『葬祭ディレクター』もしくは『宮廷マナーコンサルタント』とすべき」と斬り込み「自分の才能を買いかぶりすぎて、頑張れば王になれるとカン違いしたダメな人。しかし、史上まれにみるあきらめの悪さで最後まで希望を捨てず、ダメっぷりとカン違いを貫き通した男」と断じる。


論語が経営者や教育者に尊ばれている現状については「本来、孔子は敗者のアイドルであり、『論語』は敗者のバイブルだった。『論語』で仕事ができるだの、『論語』が道徳教育にいいだのと公言している連中は、誤解にもとづいて捏造された偉大なる孔子像をあがめているだけ」とし、あがめる裏の狙いを「社会的地位のある人が、自分個人の考えや倫理観を正当化するために孔子の言葉を都合よく切り取って引用しているケースが実に多い」と見抜く。「むろん、倫理観は個人の生き方には影響を与えるものなので、べつに『論語』を読むなとはいわない。でも、『論語』でビジネスがうまくいくだとか、『論語』で会社の人間関係がうまくいくなんて、夢にも思わないほうがいい」と述べつつ「孔子を偉人として盲信する連中と、孔子の思想は教育やビジネスに有効だとうそぶきながら、じつは自分自身の考えを他人に押し付けようとするだけの卑怯な連中が大嫌い」とバッサリ切り捨てる。


論語といえば、21年のNHK大河ドラマの主役にして新一万円札の肖像である渋沢栄一。筆者は、彼についても「明治末の『論語』ブームを支えていたのは、老人たちのノスタルジー。故きをたずねるのは、新しいものを受け入れられない古い人たちばかり」と時代背景を押さえてから「渋沢は、70歳近くなって現役を退くころから、『論語』の話をするようになった」ことから、「渋沢は、世間に『論語』ブームが巻き起こったとき、自らの来歴を振り返り、そうだ、私が理想としていた商業倫理は論語の精神とよく似ているではないか。私の行動は『論語』に基づいていたにちがいない、とさかのぼって当てはめた」と推論する。確かに「人間は、先に信念や鉄がを思いついて、それに基づいて行動をしたりしない。先に行動があり、それが成功をおさめると、あとからもっともらしい理屈をつけて、成功には理由があったかのように自慢したがる。それが人間の業」という筆者の指摘は至当と感じる。
渋沢栄一が数々のビジネスを成功させたのは、『論語』とはまったく関係ない。彼に類い稀なる天賦の商才があったのと、彼が仕事熱心な努力家だったから」「まちがいなくいいひとだった渋沢栄一の生涯において、『論語』に傾倒したことは、最大の汚点といってもいい」には、失礼ながら笑ってしまった。


ここまでこき下ろしておきながらも、筆者は孔子には別の価値がある、とする。「私も含め、大半の人間は立派じゃない。ダメな人。ダメな日が立派な人のマネをしてもうまくいきっこない。ダメの大先輩である孔子からなら、いい面も悪い面も学ぶべきところはたくさんある」「本当は弱い人間である孔子が、大きな理想と野望を追って、いいわけや強がりで自分を大きく見せている。『論語』は人間の弱さと悲哀をつづった書として読めば、とてもおもしろい書物である」という見方はなかなか斬新だし、そこに流れている「人間は基本的に欠点だらけの存在。ひとつでも光る長所があれば、それでじゅうぶん賞賛に値する、それが人間というもの」という哲学は、とても共感できる。


余談だが「意外かもしれないが、本来の大和魂とは、思慮分別のある行動をとれる精神のことだった。平安時代の人たちは現実的。人間にとって大切なのは、知恵を使って生き残ること。大義や正義なんてくだらないロマンのために命を守るなげうって戦うのは愚かな行為として蔑まれた」なんて、全く知らんかった…


かえって、新しい視点で論語を読みたくなる。そんな不思議な魅力あふれる一冊。いや、これは楽しめた。