世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】馬田隆明「未来を実装する」

今年55冊目読了。東大産学協創推進本部FoundX及び本郷テックガレージディレクターの筆者が、テクノロジーで社会を変革する4つの原則を説く一冊。


分厚さに圧倒されるが、中身はとても興味深い。「今の日本に必要なのは、注目されがちな『テクノロジー』のイノベーションではなく、むしろ『社会の変え方』のイノベーションではないか」という問題提起には頷かされる。
社会がデジタル技術を無視できなくなってきているのは「①デジタル技術が規制領域に深く関わるようになってくる②デジタル技術自体が規制の対象となる③デジタル技術と国際政治の関係が深まる」からであり、その時代においては「良い問いを『見つける』というよりも、優れた理想を設定することで、良い問いを『生み出し』、理想を『提示する』ことで人々を巻き込む」というインパクトが必要だと述べる。


しかし、今の日本のように成長が少なくなった社会では、「多くの課題がすでにある程度解決されている、理想が描きづらい、新技術の便益が少ない、変化で損をする人たちがいる、過去の制度が変えづらい」ことから、テクノロジーの社会実装が遅くなる、と述べつつ、「新たなテクノロジーが導入されるタイミングは、労働人口の原初による高賃金化が主な要因」とも指摘する。
「テクノロジーの社会実装とは、テクノロジーの力によって社会を変えようとする営みであると同時に、社会の仕組みを変えることによってテクノロジーが活用される社会を作り出す営み」という提言は、なるほどと思わされる。


成功する社会実装の原則は「①最終的なインパクトと、そこに至る道筋を示している②想定されるリスクに対処している③規制などのガバナンスを適切に変えている④関係者のセンスメイキングを行なっている」であり、その前提として「社会実装をしようとしているテクノロジーに対するデマンドがある」ことが必要だ、とする。


社会実装の際には「サプライサイドからデマンドサイドへと発想を転換しなければならない」とし、そのためにも「①インパクトを設定することが変化のために必要な要素②長期的成果に目を向けることで、短期的な費用便益のバランスの合わなさを補填できる③関係者に目的を説明できるようになる④でまを醸成できる」という理由からインパクトが大事だと説く。
そして、インパクトを設定するときは「私企業の利益や私益よりも、公益を重視して設定することで、多様なステークホルダーの巻き込みが可能になる」「良いインパクトを見つけるには、遠回りのようでも、結局何か興味のあることや小さな社会貢献を始めてみることが一番の近道」とする。


リスクに関しては「テクノロジーの発展が引き起こすリスクは、そのテクノロジーの社会実装をしようとする人々の想定を超えて生まれてくる。それを限りなく考えたうえで、あるべき社会やインパクトとの整合性を取りながら社会実装を進めていくことが、事業者に求められる視点」「倫理というブレーキがあるからこそ我々はより良い事業と、より良い社会を作っていくことができる」「倫理は自分たちでアップデートしていくことができる」とする。


ガバナンスについては「インパクトを基にどんなにガバナンスをうまく設計したとしても、一人ひとりが変わって、お互いが約束したガバナンス通りに動かなければ、新しく作ったガバナンスの体系は機能しないし、社会実装は進まない」と警告する。


センスメイキングとは「ステークホルダーが『理にかなっている』『意味をなす』『わかった』と感じることによって、人々が動き出すプロセス」と定義。「センスメイキングは、決して誰かが一方的に与えるのではなく、関係者と一緒に共同構築していくもの」「センスメイキングをする主役はあくまで受け手側にある」と、留意すべき点を述べる。
「センスメイキングは主観的な理解を基にしているので、そこに大きな影響を与えるのが物語、つまりナラティブ」「センスメイキングの際には、ナラティブの語り口やフレーミングを変える」「信頼を作り上げるときに、適切なガバナンスの仕組みを整えること、そしてステークホルダーと一緒になって意味を共同構築していくセンスメイキングを行っていくことは、これまで以上に大きな意味を持つ活動となっていく」というのは、技術的な話だけではなく汎用性があると感じる。


「他人の行動を変えたければ、その人に対して主体感やコントロール感を与えるべき」「脅威に基づく行動要請よりも、ポジティブな結果を示唆する行動要請のほうが、変化を導くには有効」は、組織ではたらく全ての人が押さえておくべきポイントだろうな。