世界遺産マイスター/国宝の伝道師Kの「地球に感謝!」

世界遺産検定マイスター、国宝の伝道師保有の読書好き。書籍、世界遺産、国宝という切り口でご案内します。最近は「仕事の心理学」として、様々な事象を心理学的見地から考察しています。

【読了】木村泰司「印象派という革命」

今年50冊目読了。西洋美術史家の筆者が、日本人に人気の印象派の絵画の近代史における役割を、絵と画家を通じて読み解く一冊。


読めば読むほど、筆者が絵画を「大きな歴史のうねりの中の切片」として捉え、そしてそのうねりを分かりやすく伝えてくれる、ということがよくわかる。


印象派の役割として「彼らは第二帝政時代から第三共和政時代におけるフランス社会を象徴するような、最先端をいく美の革命家たちだったのである。印象派は、ただ単に『感性に訴える』とか『キレイ』ですむような芸術運動ではなかったのだ。そこには彼らに向かって怒涛のごとく押し寄せた世間の批判や嘲笑があり、経済的な困窮もあり、人間的な葛藤もあった」と熱く語られると、後知恵で歴史を見ることの愚かさを痛感する。
そして「2世紀後には保守の権化のような存在になる王立絵画・彫刻アカデミーも、創設当初は組織自体がフランス美術界に風穴をあけた革新性があった」のが「芸術かとしての社会的地位向上を望んだ結果、アカデミー会員に蓄積されていった強烈なエリート意識が、19世紀後半においても前衛的な印象派たちを苦しめることになった。アカデミー会員にしてみれば、フランス古典主義を固持すること、イコール知識人兼芸術家としての社会的ステータスを維持することだったからである」となるのは、まさに世の常というべきか。


印象派といえばエドゥアール・マネ。「マネの『絵画の二次元性』の強調と絵画の単純化は、技法では古典的だったクールベが『現代』と『現実』を描くことによってこじ開けた近代絵画の扉を、よりいっそう押し開ける結果となった。しかし当時は、そのような反逆的な扉を開けさせまいとする人々が多数を占めた時代だった」「マネは伝統的なモチーフを現代風に焼き直した」「マネは近代都市の風俗だけでなく、近代都市における人間の孤独であり堕落、そして人間さえも簡単に商品化してしまう近代社会の闇と人生の断片を描いたのだ」など、印象派の仕上がりを見るだけではなく、その過程を見ることの大事さを痛感させてくれる。
このほかにもモネ、ルノワールドガなどについてもその人生と絵画を交えながら非常に詳しく流れを紹介してくれる。


そして、本来は美術の本であるのだが、「19世紀後半にはフランスでジャポニスムが流行した。しかし、彼らは決して正確な日本や日本文化に興味があったわけではなく、『日本』というファンタジーの世界に憧れていただけである。それは、現代の日本人にも見受けられる都合のいい『異国趣味』だったのだ」という指摘もさることながら、『ああ、これって人生訓だなぁ』という記述があるのがこの筆者のすごいところ。
「好き勝手に自分の興味のあるところだけ学ぶのではなく、体系化された大学教育はあなどれない」「物真似上手であるということは、鋭い観察眼の持ち主ということ」のあたりは唸らされるし、「人はある運命に導かれるとき、目に見えない強い力が働いたような小さな偶然の重なりや、他人の発言や行動によって決定づけられることがある。もちろん当人の『目覚め』であり『覚悟』が伴わなければ、見えない力からの『召命』または『神のお召し』は何も意味をなさない」あたりは、自分が傾注しているU理論とも一脈通じるところがあり、美術を学ぶというのは奥深い世界だなぁと感嘆する。


前提知識なく読むとちと苦しいだろうが、少し流れをかじっていれば、とても面白く読める一冊だ。